---第35号特集記事---


原発性肺がんと転移性肺がん
2004年6月 講演録 (1/4)


国立がんセンター東病院 呼吸器外科医
吉田 純司氏 









今日は肺がんについて勉強するということですので、原発性肺がんを中心に転移性肺がんについても少しお話しします。
 

肺というのは、胸の壁の箱の中に小さい風船がいっぱい集まったようなもので、感じとしては非常に目の細かいスポンジが左右両側にある、という臓器です。たばこのタールがついて真っ黒になった肺は、このスポンジにスが入ったような変化が起きまして、そういう人に肺がんが多いわけです。この風船を広げて並べていきますと、だいたい24坪になるというんですが、ほぼテニスコート1面に相当するそうです。
 ここでは酸素を血液に取り込み、いらなくなった二酸化炭素を出す、いわゆる“呼吸”の仕事をしています。そのほかに、血圧を保つためにアンギオテンシンというホルモンがありますが、身体の中で作られて肺にやってきて血圧を上げる作用をする形に変化させられる、そういう働きもする場所です。
 そのほかにもここは外界と接する場所ですから、免疫上のいろんな働きをしているのは間違いないのですが、あまりよくわかっていません。免疫というのは要素としてはいろいろわかっているのですが、全体的にはよくわからないところがあって、医者の方はあまり追求して考えていないというのが実情です。
◆がんの特徴
“がん”というのはだいたい“悪性腫瘍”ということばで言い換えられます。腫瘍というのはしこりです。そうすると白血病は塊をつくらないので腫瘍じゃないということになりますが、やっぱり「血液のがん」ですね。「悪性の細胞による病気」と考えるのが正解だと思います。

じゃあ“悪性”とはなにかというと、明確な定義が難しく、一言では言い難いところがあります。“悪性”ということはどういう性格なんでしょう?
―会場:「非常に治りにくい」
脳梗塞なんかも治りにくいですね。
―会場:「進行が早い」
痴呆になる病気の一つにピック病といって急速に脳がやられて死んでしまうものがあります。
“急速”というのは当てはまりません。乳がんの多くは進行が非常にゆっくりですね。大腸がんは非常に小さいポリープのような形から、浸潤していって進行した状態になるまで5年くらいはかかるといわれています。進むスピードが問題ではないのですね。
―会場:「完治しない」
たとえば脳梗塞では脳の一部が死んでしまっているので治りません。治らないことが悪性ではない。
会場:「私のがんは悪性度が数値的にいくつということが出ているんですが…」
それは悪性の度合いが強い弱いということで、悪性とは何だということの答えになっていません。
―会場:「生態系を撹乱する?」
高血圧もそうですよね。血圧がずっと高いと、頭痛が出たり、ちょっとしたことで動悸がしたり、あげく脳出血につながったりします。病気の名前として“悪性高血圧”というのがありますがちょっと違います。
医者が悪性というとき、周囲にしみこむように病気が増える=浸潤という性質をひとつは考えます。しかし、“海綿状血管腫”という腫瘍があり、背骨に接してこの病気が出てきますと、腫瘍細胞が背骨にしみこんで育って骨を壊していく。浸潤するんですが命を奪うまでには至らないということで、悪性とは言いません。

それから転移があります。肺がんなら肺にできる。そこからよその臓器に流れて行って、そこでまた育つ。これを転移といいます。それも医者は悪性の性質としてとらえる。
しかし、「良性転移性平滑筋腫」というのがあって、これは肺にできるんですが元は子宮筋腫です。子宮筋腫は平滑筋腫という種類の良性腫瘍ですが、子宮筋腫をもっている方を診ていきますと肺に小さなしこりが時々多発します。これを取ってみると元の子宮筋腫と同じ細胞の形態をしている。平滑筋腫が転移してきたものと考えられます。子宮筋腫という良性の病気のはずなのに転移する、というなんとも矛盾した名前で、子宮筋腫が転移したわけではなくて、たまたまそういう方には肺に平滑筋腫が多発する場合があるのかもしれない、という考え方もされています。そんなわけで、単に転移するというだけでは悪性と言い切れない。

次に、先ほど身体を撹乱するというお話がありましたが、結局その患者さんの身体・宿主におかまいなくどんどん育ち、最終的には命を奪う。これは悪性という「性質」のもうひとつの面である、と医者は考えます。ところが「脳の良性腫瘍」というやっかいな病気があるんですね。脳の中に脳幹という場所がありますが、ここがやられますと息をしたり、血圧を保つとか、生命維持の仕組みが壊れて死んでしまいます。ところが、その細胞の特徴としては、浸潤しないし、転移しないし、細胞の形としてもあまりおかしくない。でも、これはだんだん育っていって命を奪うんです。

ここにあげた三つが主な性質と考えますが、浸潤するだけ、転移するだけ、命を奪うだけでは、悪性とは言いません。この三つが揃ったときに悪性と言います。

転移するのか、浸潤するのか、最終的に命を奪うのか、これは実は最初に見た時点ではわかりません。「放っておいたらどうなるか?」というのはわからないことがしばしばで、ここにあの慶応の先生がおっしゃる「もどき」理論がつけ込む余地があるわけです。最初見た時点ではそれがどうなるのか誰も知りません。ただ、顕微鏡で細胞を見たときの特徴から、これは放っておけば命を奪うだろうから治療しなくちゃいかん、という判断を医者はするわけです。そういう判断のもとに治療した病気のなかには、放っておいても命を奪わない可能性のあるものが実はたぶん隠れています。でも、放っておいて命を奪われたら困りますので医者は治療してしまいます。ところがそれを「治療しちゃいかん」というのが、あの先生なわけです。多くの医者が批判するのは当然で、私もそういう意味で彼のあの主張は非常に不愉快に思っております。
◆がんの確定診断
“がん”だという診断は、腫瘍の一部を取ってきて顕微鏡で細胞の形を見て評価し、最終的な診断とします。通常そこにあるはずのない妙な格好の細胞が育っている、日本ではこれががんの確定診断の基準です。

ところがアメリカでは、そういう細胞が本来の体の構造を壊して浸潤していなければがんだと言わない。胃の粘膜にできる粘膜癌というものがあって、これは取ってしまえば治るということが70年代に日本でわかってきたときに、アメリカ人はそれは癌ではないと言っておりました。胃にできる一般的ながんは腺癌といいますが、日本人は「粘膜に留まっている非常に早い段階の腺癌である」と主張したんですね。ところが、アメリカ人は「浸潤していない病気は癌ではない」と。腺細胞が増えている良性の腫瘍は腺腫といいますが、「これは腺腫だ」「日本人はいい加減なことを言っている」と最初は全然相手にしなかったんです。

80年代後半くらいから、放っておくと確かに進行した癌になっていくということが分かってきましたので、アメリカ人も胃の粘膜癌を認め始めました。
肺がんも、ここ10年くらいになって、粘膜癌に相当するような非常に早い段階のがんが見つかるようになりました。胃癌でそういうことがあったということをみんな知ってますので、いま日本とアメリカ、ヨーロッパの肺がんに携わっている人間は、非常に早い段階の、まだ浸潤していない肺がんということについてあまり抵抗なく話してます。

さて、顕微鏡で診断するわけですが、物事に灰色というのは必ずありまして、この細胞の形はがんと言うべきかどうかと非常に迷う、ということがあります。代表的なのは、卵巣にできる中間悪性腫瘍という名前のものです。

顕微鏡で評価する医者を病理医といいますが、彼らの間でもしばしば意見が分かれます。臨床上の振る舞いを見ていると、確かに悪性とは言い切れないところがある。なかなか育たない、なかなか転移しない。だけど、たまには転移する人が出る。抗がん剤に対する反応でも、悪性疾患ですので反応して欲しいんですが、なかなか反応しなかったり、かと思うとすごく効くのがあったりする。ですから、「がんですよ」と言うときに「ほんとうにそうなの?」と聞かれると困ってしまうことがあります。医者が頭を掻いているようなときは、そういうものに該当しているのかもしれないと考えていただきたいと思います。
◆がんと癌
ここまで、“がん”とひらがなで書いてありました。これは漢字で書く癌と、肉腫も含みます。がんが出てくる細胞の起源が、上皮、中皮、内皮という細胞のどれから出ているかによって区分けをしています。

人間の細胞をこういう三つの種類に区分けしますが、人間の身体をあちこち押し伸ばして変形していくと、つまるところドーナツとか筒みたいな形になるわけです。これをあっちこっち伸ばしていくと手足が伸びてきたり、内臓ができてきたりするんですが、こういう筒の表面を覆っているような細胞を上皮と言います。皮膚とか消化管も元々は筒の表面なんで上皮細胞で覆われています。

一番内側に内皮細胞があって、その中間に中皮細胞があります。中皮や内皮というのは、筋肉や神経や血液に分化していきます。

血液のがんはちょっと特殊なので、通常“白血病”と言っていますが、上皮から出るのは癌腫、中皮や内皮から出るのは肉腫と通常呼ぶわけです。私の勤めるがんセンターはひらがなで“がん”と書く。全部相手にする、ということですね。

肺にできるがんはほとんどは漢字の癌のほうです。肺というのは、身体の表面が窪んでいって袋に分かれていった臓器ですから、もともと表面の細胞が主体です。ですから、ほとんどは上皮からできた漢字の癌ですが、上皮細胞を支えるような中皮や内皮細胞も胸の中にありますので、そこから出てくる“肺がん”というのもあります。
◆がんの原因
がんというのは、遺伝子に異常が起きてできるという説は確立しております。異常が起きる原因にはさまざまあります。紫外線や外から入ってくるいろんな化学物質もそうです。いろんな原因が重なって遺伝子に異常が起きるわけですが、がんができてくるまでには複数の遺伝子に異常がないとダメだろうということになっています。異常がいくつ重なるとがんになるのかはよくわかっていません。

患者さんに「どうしてこんなになっちゃったんでしょう」とよく聞かれますが、何かひとつの原因でなるという病気ではありません。確かにタバコは有力な原因ですが、それだけではがんになりません。ヘビースモーカーでもがんにならない人も大勢います。紫外線を浴びると確かに皮膚がんになりやすい。では外で日光浴してたらみんななるかというとなりません。ですから、こういうことをしたからがんになったんじゃないか、と悔やむのは無意味なことです。

ストレスがあったからがんになったんじゃないか、とおっしゃる方もいますが、確かにストレスは免疫系に非常に大きな影響を与え、がんになりかかった細胞が見逃されてがんになる、という可能性はあるわけですが、先ほど申し上げたように免疫系というのは全体としてはよくわかりませんので、ストレスとがんとの関係はなかなか結びつけにくいですね。

がんになった人の精神的なストレスを調べるとストレスの多い人にがんになる人が多いようだ、というデータが一時多く出たこともありますが、最近の調査の結論は、ほとんど関係ないようだというのが多いです。ですから、ストレスに原因を求めることはあまり考えてもしょうがないことです。ああしたからこうしたから、あんなストレスがあったからと悔やんでもあまり意味がないので、あまりこだわらない方がいいんじゃないかなというのが私の意見ではあります。
◆激増する肺がん
肺がんは最近はっきりと増加しています。1998年と1975年を比べてみると激増しております。女性もそうですね。年を取るほど増えてきます。基本的に男性の病気です。それから高齢者に多い。というようなことがこの統計からわかります。

こういうデータを見ると、「現代社会が悪いんじゃないか」という話が出てまいりますが、75年というのは十分現代社会ですね。98年と23年違いますが、そんなに生活環境は変ってないんじゃないかと私は思います。むしろ75年頃のほうが車の排ガスはすごかったわけですから。

この20数年の間に、こういうがんができる歳まで生きる人がどんどん増えてきた、ということも大きく影響しているわけで、がんというの(図1)は基本的に高齢者の病気ですから、他の病気で死なないとがんに罹るようになる。現代社会がどうだからと、そう単純に考えてもらっても困るなというのが医者の意見です。
◆肺がんの分類
肺がんをいろいろ分類すると、基本的にはこうなっております(表1)。まず、“小細胞癌”というのがありますね。育つのが早い。非常に早いうちから転移します。そして不思議なことに抗がん剤とか放射線が非常に良く効きます。良く効くんですが、なかなか治らないところがつらいところです。

そういう特徴をもっているので、小細胞癌が区別されてそれ以外の“非小細胞癌”に分けられます。非小細胞癌のなかには、腺癌、扁平上皮癌、線扁平上皮癌など、いろいろありますが、これは顕微鏡で細胞をみて分類したものです。

こういう分類が問題になるのは、がんとしての悪さ加減が名前によって違うからです。悪さ加減というのは、“浸潤していく”“転移する”“命を奪う”という性質が強いか弱いか、ということですね。ですから「私のがんは悪性ですか?」という聞き方は間違っています。がんは全部悪性なわけで、そのなかで悪性の度合いが強いか弱いかという話です。

“そのほか”がありますがいろいろ細かい種類があります。大きい“そのほか”は肉腫に属するものですね。こういうものも少数ですがあります。

そして、もうひとつの分け方が、がんのできる場所による分け方です。喉から一本で入ってくるのが気管ですが、ここで二股に分かれます。分かれたところから気管支という名前になるんですが、だいたい4回目から5回目くらいの分かれ目までにできるがんを“肺門型の肺がん”もしくは“中枢型の肺がん”と言います。気管に近い領域、血管や気道が肺に出入りする場所を肺門と言うので“肺門型”という名前がついています。

空気の入り口から見ると一番奥のほうを肺野と言いまして、そこにできるものを“肺野型肺がん”あるいは“末梢型の肺がん”と言います。これはできる場所による分類です。手術のやり方が違ってくるので、こういう分類が出てくるわけですが、現実にはこの肺門型の肺がんというのは最近激減しています。私が肺を専門とするようになった15年前と比べても非常に減りました。肺門領域の手術にはいろんなチャレンジがありまして、外科医としては非常にやりがいがあるんですが、チャレンジする機会はだいぶ減ってきています。

肺門型が減ってきた理由としては、タバコの種類が変ってきたことが一番の原因ではないかと言われています。フィルタータバコが増えた結果、吸入されてくる煙の粒子が細かくなってより奥へ届くんですね。昔はフィルターがついていなかったので、手前の方でタバコの有害物質が引っかかって、そこで発がんの過程が進みやすかったわけです。フィルタータバコの人と両切りタバコの人が発癌部位が違うというデータが出ているわけではありませんが、時代の趨勢からするとたぶんそうなんだろうということです。
◆肺がんの原因は?
原因ということになりますと、筆頭に出てくるのは、タバコ・葉巻・パイプですね。疫学といって、タバコを吸ってる人と吸ってない人を大規模に追いかけて比べてみると、吸っている人の方にがんができやすいという統計が取れます。それで見るとタバコ類を吸っている方は少なくとも3倍くらいは肺がんになる率は増えます。直接吸っていなくても、受動喫煙の方でも、喫煙者の配偶者はやはり2倍くらいは増えるんじゃないかと言われています。このへんは、ずっと追いかけていってどうかを見る大規模な検討をしないとよくわからないので難しいですが、タバコはかなり関係している。

そのほかにラドンという放射線を出す気体があります。ウランが取れるような土地柄、岡山なんかそうですが、ラドンが大気中に多い地域に肺がんが増えるといわれています。あと、石綿ですね。それとベリリウムという特殊な元素があります。

肺線維症という病気がありまして、これはイレッサで一躍有名になった間質性肺炎という病気がほぼ同じものですが、こういう病気がもともとある方に肺がんが多いことがわかっています。それから、ひところ丸山ワクチンがらみで結核の人は肺がんが少ないと言われていた時期がありますが、最近はあまり関係ないということになっていて、結核自体だいぶ減ってしまいましたので、日本ではデータが取れなくてよくわかっていません。

大気汚染については先ほど話したように、75年頃と98年頃とどっちがどうだということがよくわからないので、結局のところよくわかりません。いずれにしても、いろいろ積み重なっての病気ですから、ひとつの原因を求めてもしょうがないところがあって、医者は何が原因かということは治療の段階ではあまり考えません。ただ治療については、タバコが有害であるということははっきりしていますので、うちの呼吸器外科としてはこういう方針でいます。

治療前は禁煙する。禁煙しませんと手術の後の管理が非常にやっかいになりますので、「タバコをやめない人には手術しません」と言います。3年くらい前に文書で出して、それから800人ぐらい手術をしていますが、一人だけ断りました。その後どうしたか知りませんが、即日退院になりました。昨年、文書を少し改訂して、「治療後も禁煙してください」ということにしています。残った肺を傷つけるのは愚かなことですし、他の領域のがんを増やします。それに、例えば心臓には非常によろしくない。我々としては、元気に長生きしてもらえるように手術をして、その後も拝見してるわけですから、そういうことをしてもらっちゃ困るわけですね。自分の身体を痛めつけるような人は、病院にかかる必要はないでしょうということで、「タバコを再開する人はもう来ないでください」と文書に書きました。
◆肺がんの症状
さて、この肺がんの症状について話してくれと言われたんですが、実はちょっと困ります。ここにいろいろ書きましたが、咳とか痰とか熱、「持続・悪化する」とつけているのは、風邪でもこういうことは一時的に起きるからです。通常は、がんが増えて大きくなることによってこういう症状が出ますので、風邪のように良くなることはありません。むしろ悪くなります。ですから、そういう症状がある場合は気にしていただきたいし、ほかにもいろいろ症状はありますが、実際のところは症状が出る前に治療しないと、基本的には治りません。なかには症状が出てから治療を受けて治ってしまう方もいますが、ほとんどは厳しいです。

検診無用論を唱える方もいますが、肺がんの治療をしている側としては、肺がんで死にたくないのならできるだけ検診を受けて欲しいと思っています。そうやって症状が出る前にピックアップしないと、我々のところに来てもらっても、「治りません」と言わざるを得ないのです。治らないまでも長く生きてもらうための治療は可能ですが、やはり我々としては治って欲しいので、何らかの検診を受けていただきたいと思います。

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