---第34号特集記事---


―セカンドオピニオン

患者と医療者の新たな信頼関係を求めて

2004年10月 シンポジウム
 ( 後半 )


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パネリスト
埴岡健一さん 医療ジャーナリスト
南雲吉則さん キャンサーネットジャパン代表・医師
山下浩介さん 神奈川県立がんセンター放射線科医師
かながわ・がんQOL研究会
石井 猛さん 千葉県がんセンター整形外科医師
上野 創さん 朝日新聞記者 がん体験者
司  会
和田ちひろ NPO法人ヘルスケア・リレーションズ理事長
土橋 律子 主催者 支えあう会「α」 代表



司会 いろいろなお話を伺いましたが、まず論点をまとめてみますと、

1.なかなか主治医にセカンドオピニオンを取りたいと言い出せない。
2.セカンドオピニオンネットワークのリストは、今は乳がんと血液がんだけなので、それ以外のがんに罹ったとき、誰にセカンドオピニオンを受けたら良いのかわからない。
3.セカンドオピニオンを取ったからといってすべてが解決されるわけではなく、提示されたいろいろな治療法から自分で決めるという覚悟が必要である。
4.患者さんが覚悟を持ってセカンドオピニオンを受けたいと考えても、医療者側が受け入れる体制になっていない、となるかと思います。

最初にお話いただいた埴岡さん、各パネリストの発言に対してなにか付け足すことがありましたお願いします。
埴岡 それぞれのお話を面白く伺いました。南雲さんや山下さんとは一緒にセカンドオピニオン・ネットワークプロジェクトをやっているので、ほぼ同じような考えをもっています。南雲さんはセカンドオピニオンの要点をコンパクトにまとめていらっしゃいました。

山下さんのお話の中に、医師がセカンドオピニオンの相談に応じたときに保険点数をつけるという話がありましたが、ぜひ皆さんに「保険点数をつけろ」という声を挙げていただきたいと思いました。

今は、医師や病院ががまんをしたり、ボランティア的にやっているか、時には5万円くらいの値段が付いているわけですけれど、まず普通のセカンドオピニオンは「30分1万円で保険診療の枠でやる」というふうにしたい。これは新しい話ではなく、内保連という内科系学会の大連合が、2年前に一番保険点数を付けて欲しいものとして中医協に要望しかかったのですが、つぶれてしまったようです。

逆に、厚労省の方は特定療養費払いということで、患者さんが差額ベッド代と同じように実費を自己負担するようにしようとしました。学会は、何百とある要望のうち最優先課題としてセカンドオピニオンに保険点数を付けることを要望したのですが、このときは取り上げられませんでした。繰り返し要望していただきたいものです。

石井先生のお話の中にスティーブ・ダンさんのことが出てきましたが、実は彼の文章は僕らのボランティア仲間のMEDOCというホームページで翻訳しました。闘病している患者のためにこういう闘病経験者が考えたマテリアルがとても大切だと思いました。

情報には二つあると思うんです。一つは、病院の成績だとか、症例数だとかベッド数だとか、医療スタッフの数だとかいう形に関する情報。もう一つは、アメリカで治療を受けて良かったと思っていることの1つですが、病院の待合室にいろんな心構えや悩みの解決に役立つパンフレットが置いてあり、それを読んだからといってすべてが解決できるわけではないんですが、「そうか、うちだけじゃないんだな」と、とても気持ちがらくになりました。

アメリカにいるときにスティーブ・ダンのホームページは良く読んでいて、一番良かったものの一つなんです。「自分のがんについて調べることの賛成論と反対論」「セカンドオピニオン たずねる理由、たずねる時期、たずねる相手」というのがあります。もう一つはスティーブン・ジェイ・グールドという進化学者の「平均中央値は神のお告げじゃない」という素晴らしいエッセイがあり、「生存率が低いというけれど、生きている確率の中に自分が入ればいいわけで、統計的平均値で自分が生きている確率をはかれるわけではない」ということを言っています。医療に関するデータや知識的なものではなく、闘病についての考え方としてとても参考になりました。

上野さんがおっしゃるように情報をどのように受け止めるかというのが大切で、ここが一番欠けている部分かもしれません。このとき、家族や周りの人の役割が大きいのではないかと思います。言ってみれば、本人は闘病をするのが専門で病気と闘うのに精一杯です。周りが情報を集めて、咀嚼して本人に伝えるといったことが大切になってくるでしょう。患者さん一人一人、家族・環境・知り合いも違うと思いますが、配偶者でもいいし、子ども、親、友だちいずれでもいいので誰か頼れる人を見つけるといい。自分で調べたいことを誰かが調べてくれて、タイミングを見て適宜伝えてくれるということがあれば、少しは患者の負担や悩みが軽減するのではないでしょうか。
司会 ありがとうございます。石井さん、今の発言に対して何か?
石井 埴岡さんから「納得して医療を選ぶ会」という名刺をいただきましたが、QOLに結びつくのはADL(activities of daily livings)ではなくて、一番大事なのは心の問題で、自分が納得した医療を受けることだと考えています。そのための一つの方法としてセカンドオピニオンがあるわけです。

したがって、自分が納得しているのならブームだからといって必ずしもセカンドオピニオンを受ける必要はないと思います。
◆「セカンドオピニオンをとりたい」と主治医に言い出すには
司会 少し話を戻しまして、セカンドオピニオンを受けたいが、なかなか主治医には言いだしづらい。どうしたらセカンドオピニオンを医師に言い出しやすいか? 山下さんご意見がありましたらお願いします。
山下 これは難しいですね。私は放射線科という特殊な科にいまして、外科とか内科の患者さんをお預かりして放射線をかけることが多いので、ある意味で二人目の医師になることが多いのです。セカンドオピニオンの受け先をお示しすることはできますが、そこへ患者さんが行くか行かないかは患者さん自身の決心に係わることですね。
司会 南雲さん、いかがですか?
南雲 キャンサーネットジャパンで患者さんたちの意見を聞いていると、三つのタイプに分かれます。一つ目は踏み絵タイプ。二つ目はこそこそタイプ。三つ目は友達タイプ。

踏み絵タイプは、セカンドオピニオンを受けたいと告げて、「なに!セカンドオピニオン?そんなの許さない」という医師はこちらからお断りするタイプです。なぜかというと、医師は手術をするまでは非常に親切です。ですが、再発したりしてなすすべがなくなると、急に冷たくなったりするんです。治療の前にもかかわらず、非協力的な医師は、治療の後ではさらに非協力的になる可能性があるので、もうかからないというタイプですね。

二つ目は、こそこそと紹介状もないまま別の医師のところに行ってみる。このデメリットは何の診療情報もないので、また一からやり直しになってしまうことです。ただセカンドオピニオン医から主治医に診療情報の提供を依頼してもらうこともできます。

三番目は、今日のタイトルにもありますように、新たな信頼関係を築くために、セカンドオピニオンへの協力を申し出てみるタイプですね。「先生をとても信頼していますが、セカンドオピニオンも受けてみたいので、ご協力願えますか? その結果再びここに戻ってきたいときは受け入れてもらえますか?」と率直に言います。これを拒否する医師は少ないと思います。
石井 私は南雲さんの意見と同じで、セカンドオピニオンを受けるということは、説明に対して納得できないとか、疑問があるわけですよね。うちの病院から他の病院へセカンドオピニオンにいった例はいくつかあるんですが、例えば、「切断しなければならない」と言うと、「どうしても切断するのはいやだ」という人もいます。そういう時は、切断をしないことに重点をおいている病院もありますのでそこへ行ってもらいます。その時点で「どこへでも行け」と言うような医師は、信用できないと思っていいでしょう。

もう一つ、“病院機能評価”というのがあって、今後、そこで「セカンドオピニオンを受け入れていますか」「患者さんに求められたときにセカンドオピニオンに送り出していますか」という項目が出てくると思います。そうなると、病院として「うちの病院はセカンドオピニオンを受け入れますし、他院にセカンドオピニオンを紹介しますよ」というようになっていくと思います。
◆どこで受けたらいいのか
司会 ありがとうございます。ところで、セカンドオピニオンを受けるとき、いったいどこへ行って受けたら良いのでしょうか?
埴岡 これは現実にはなかなか難しいと思います。そもそも、どこに良い医師がいるか、いい治療があるか知っている医師がどれぐらいいるかという疑問がある。

僕もかつては、医師は医師のことを良く知っているのかと思っていたのですが、そうでもなさそうです。尋ねてみると何人か名前を挙げてくださることもあります。でも、あまり根拠がなくて、前に勤めていた病院の同僚だとか、一緒に勉強したとか、同じ医局だったとか、今まで患者を送り出したことがあってけっこう評判がよかったとか、学会でよく発表しているからとか。学会でよく発表していても、送り出す患者さんの治療について精通しているかどうかはわからない。ですから、なかなか難しい。

もう一つは、患者団体の口コミ的な情報ですが、これは非常にパワフルです。いい医師に出会う確率も高いかと思います。ただ、そうしたところで出てくる医師の名前に関しても、その腕や能力に関してきちんとした根拠があるわけではない。

今のところ口コミと、雑誌やインターネットに断片的に出ているデータを集めることと、自分で考えることのミックスでやるしかない。それを、自分でできるときは自分でやり、時にはまわりから手伝ってもらってやる、ということだと思います。セカンドオピニオン・ネットワークの医師リストも参考にしていただければいいと思いますが、これもあくまでひとつの参考情報ということです。
◆会場からの質問に答えて
司会 それでは皆さまからいただいた質問に対してパネリストの方々に答えていただきたいと思います。「医師の方に伺いたいのですが、治療にあたって患者さんにどのような形でセカンドオピニオンについて伝えていらっしゃいますか? また、それに対して患者さんはどのような対応をされていますか?」
石井 原則的には、お話したときに、「もし納得出来ないことがあれば、その点について他の病院の医師に話を聞くのも良い方法ですよ」と伝えます。
南雲 僕は乳がんを専門にしていますが、患者さんががんの告知と治療法の説明を受けたとき、その場では2割くらいしか分からないのではないかと思います。特にその場でセカンドオピニオンを強く推奨するということではなく、いつでもセカンドオピニオンが受けられる環境作りをしようと思っています。

アメリカのアクション映画を見ると警察官が容疑者を捕まえたとき何というかというと、「あなたには黙秘する権利もあるし、弁護士を呼ぶ権利もありますよ」と言ってから尋問をします。つまりたとえ相手が容疑者でも基本的人権を守ります。ところが日本では相手が基本的な権利に無知なことを幸いに、それを告げようとしない。

私は乳がんを告知したときはセカンドオピニオンを推奨しますが、それよりも先ずは病理組織検査の結果を渡します。それさえあれば他の人の意見を聞こうと思ったら、紹介状が無くても行けるんです。そういう環境作りをしています。
◆同じ病院内でセカンドオピニオンは可能か 
司会 これは医学生からの質問です。「総合病院や大学病院、がんセンターならば同じ病院の他の科の先生の意見も聞けるのではないですか? またその時のメリット、デメリットについてもお聞きしたいのですが」
埴岡 おっしゃるように、同じ病院の他科の意見を聞くこともできるのですが、これはメリット、デメリットがあると思います。本当は、一人一人の患者さんについて複数の医師がチームを組んでカンファレンスをして治療についての妥当性を検討し、医師同士がセカンドオピニオン、サードオピニオンを闘わせて、意見が違ったけれど議論をしてこういう方針で納得した、チーム医療のなかで複数の科の医師が相談して決めたということがあれば、一つの病院の中でセカンドオピニオン、サードオピニオンがこなされている、ということもできます。

しかし現実はそういう例ばかりではありません。たとえば大学病院に第一外科と第三外科があって、同じがんを扱っている場合もある。だから別の外科の意見や放射線科の意見をきくこともできる。これは良い場合もありますが、「あいつだけには聞いてほしくない」(笑い)ということもあるでしょう。第一外科と第三外科が同じ手術をしながら手技が違ったり、成績が違ったりすることがあるわけです。犬猿の仲で波紋をもたらすこともあるかも知れない。

一番良いのは大学病院の中でチーム医療が行われて検討がなされ、ある程度の妥当な治療法が施されている。それが駄目なら一般的なセカンドオピニオンをすれば良い。同じ病院のセカンドオピニオンというのは、良い場合もあるが虎の尾を踏むこともあるかも知れません。
司会 付け足しとか反対の意見はありますか?
上野 現実に自分がそうなったときのことを想像してみて下さい。

大学病院で治療して、治療法を迷ったから、他の科の先生に意見を聞きたい、というのはことばとして考えれば成り立ちますが、現実的に考えてみてください。

泌尿器科の入院患者だけど外科の先生の意見を聞いてみたいから外科の外来へいくのか、診療カードはどうする? 泌尿器科の主治医になんて言えばいいのだろう、などと考えていくと、現実として高い壁を感じるのです。

私の場合そうでしたが、肺に転移しても泌尿器科で最後まで面倒を見てくれますが、肺の手術は肺外科の先生がしてくれます。ですから、肺の手術については外科の医師に聞きますし、説明もしてくれて、それは問題ありません。しかし、泌尿器科の治療について肺外科の先生に意見を聞けるかというと、これはなかなかうまくいきません。
土橋 医療コーディネーターとして関わったある大学病院の患者さんですが、呼吸器外科で肺がんの手術をしました。その後肝臓に多発転移し、胆肝膵を専門とする外科で肝臓の治療がはじめられました。次に反回神経麻痺が出て、耳鼻科にも回されました。その後飲み込むことができなくなり、消化器外科に回され、胃に穴を開けて経管栄養がはじまりました。

同じ大学病院の中でいくつもの科にかかることになったのですが、具合はどんどん悪くなります。ご本人はどこに原因があるのか知りたいのですが、どこの科でも「うちとしては、今特に問題はありません」と言われてしまい、こんな状態では医療者ときちんと向き合えないということで依頼を受けたのですが、本当に辛そうでした。

「なんでこんなに調子が悪いのか、臓器をバラバラにしないで人間全体をみてくれる科はないのか?」と依頼人。「呼吸器外科では『肺に再発転移はなくデーターも落ち着いている』という。黄疸があるのでは?と尋ねると、『肝臓外科に聞いてください』となり、肝臓外科では『CTやデーターからは一応落ち着いている』といわれる。それなのに息苦しい、食べられない、動けない、これは一体どういうことなのか?これが最先端の医療なのか?」と、医療不信も大きく、苦しんでおられました。こういう現実もあります。
南雲 今のような遠隔再発を起こした場合は治療が多科に渡ってしまうし、どの科でも根治的な治療は出来ないために、問題が複雑になってしまうと思います。

初回治療のときはもっと明快で、セカンドオピニオンが非常に発揮できる場なのです。がんが局所に留まっているうちは外科的な手術か、放射線治療しかないのです。放射線科に行くことをお奨めしているものは、口とお尻の穴に近いところに出来たがんの場合です。舌がん、喉頭がん、副鼻腔のがんなどの場合、または睾丸や子宮頸がんなどは放射線で直しても手術で直しても生存率がほとんど変わらないので、放射線科医の意見を聞いてみると、「こんな治療法もあるよ」という意見が聞けるかもしれない。そこでまた、双方の意見が違ったときに、別の外科医の意見を聞いてもいいのかな、と思います。
山下 皆さまのお手元にある「セカンドオピニオンを上手に取るこつ」の6ページから8ページに、「各疾患でどこへ行ったらよいか」という中に、放射線科医というのがだいぶ入っています。一般論で言うのは難しいですが、各がんで○がしてあるものについては聞いてもらってもいいのかな、と思います。

横の連携がとれている風通しの良い病院と悪い病院があって、先ほど大学病院は良くないという話がありましたが、確かに講座制で縦割りで難しい。がんセンターは比較的臓器ごとで肺がんだったら肺がんの内科・外科・放射線科で比較的情報を共有しています。

逆に先ほどの話にあったように、紹介されて行った先が放射線科だと放射線をかけてしまうし、外科だったら手術をしてしまうというような病院もないわけではありません。一般論として話をしにくいところです。ただ、疑問に感じたときに、すごく負担になるのは分かりますが、そこで自分が、セカンドオピニオンに行ってみようと思うか、自分が納得したからここで、というように決心するか、そこの差が大きいと思います。そこは、医師が云々ではなく、患者の権利ということになるし、権利は責任を伴いますので、患者さんに踏ん張っていただかないと開けない道もあるのではないかと思います。
石井 小さい病院の方が一般的には風通しがいいですね。千葉のがんセンターも風通しはいいんですが、たとえば肝臓がんの場合、外科的に手術する方がいいのか、内科的に焼くほうがいいのか、うちでは話し合って決めて、患者さんに説明しています。外科に来たから手術、ということになりやすいのも事実ですので、そういう場合は「内科的な治療は?」と相談する方がいいでしょうね。
◆セカンドオピニオンをとる時間的余裕がない場合  
司会 次の質問は血液内科の医師からですが、「最初の時点でのセカンドオピニオンが時間的に困難な場合、白血病のような場合はどのように考えたらよいのでしょうか?」というものです。
南雲 セカンドオピニオンは、がんだけにあるものではなく、心臓や脳疾患にもあってよいと思います。でも、心筋梗塞や脳梗塞で意識がなくなって、一秒を争そっているときにセカンドオピニオンを受けるわけにはいきません。どのような場合はセカンドオピニオンを受けられないのか、それともセカンドオピニオンを受けるための数日、数週間の遅れが許されるのかは、医師のほうが判っているはずなんです。

先ほど、上野さんが「明日にも入院してくれ」と言われたという話がありましたが、本当に明日にも入院が必要だったのかどうか、少し疑わしい。それまで元気にしていたわけですから、セカンドオピニオンを取るわずか数週間の遅れが、生存率に大きな影響を与えるとは思えない。 

自分ががんの専門病院にいた経験から思うのですが、「治療方針に関しては入院して検査してからお話しますから直ぐ入院しなさい。そうしないと手遅れになってしまいます」と言う病院が多いのです。しかし、いったん入院して検査して明日手術だと言う段になってから「こういうように手術します。それでよろしいですか?」と言われて、患者さんが疑問に思っても、今更セカンドオピニオンは受けられない。家族は「とにかく命が助かるんだったら先生の言うとおりにしてください」と言うし、四方を連合軍に囲まれた枢軸国のようなもので、無条件降伏せざるを得ない状況になる。本当はそれほどの緊急性があるわけではなく、患者をほかの病院に取られないためにまず入院させてしまうわけです。
上野 すごく難しいなあと思いながら考えていました。確かに医師の説明というのは、説明しながらこちらの判断を迫っているようにみえながら、実は説得している場合もあると思います。それは医師の悪意によるというよりも、むしろその人がそれを本気で信じているから強調する説明になるのだと思います。

患者は自分の主治医を信じたがっているというバイアスが自分のなかにあるのは事実なので、あの結果に対してはあれで良かったんだ、と思いたがっているのは事実なんですけれども、それをさし引いても、後でどの例をみても睾丸腫瘍の場合はまず原発の睾丸を手術で取る、ということが分かったので、あの方法で良かったということでラッキーだったわけです。私の場合は結果オーライだったわけです。

先ほどの質問にあったように、直ぐに判断しなければならない場合はあると思うんですね。そういうときはそこにゆだねるしかないと思いますが、やっぱり「それでいいんだ」という確証、もしくは「とんでもない選択をしているのではない」という裏づけが欲しい。

そういうときは家族なりまわりの人が動くしかないと思います。国立がんセンターで出しているガイドラインですとか、白血病であれば今、いろんなHPができています。インターネットが使えなければ書籍を使うことになりますが、いずれにしても、情報の集めた方について、元気なとき、学生時代にも自分の身を守って生き抜いていくための基本的な技術として伝えることが必要だと思います。そういう教育がないんですね。

睾丸腫瘍というのはせいぜい40歳くらいまでの病気なので、中学生くらいのときにでも、「君たち、睾丸が腫れてきたらすぐに泌尿器科に行きなさい」というような説明を全国でやっていれば、たぶん肺転移、もしくは脳転移で手遅れという患者はもっと減るんだと思う。「恥ずかしいかもしれないけれど、命にかかわる病気なんだから」という教育がちょっとでもあれば患者は確実に減ると思っています。基本的な情報をどうやって取ったらいいのか、という教育がそろそろあってもいいのかな、という気がしています。
◆医療情報を手に入れるには
司会 上野さんの発言と同じような質問が来ています。「最新で良質の専門情報をどうやって得れば良いのでしょうか? またそれらを評価し納得に至るまで、自力で選択する手段を学ぶ場所がほしい」ということですが。
山下 むずかしい問題ですね。厚生労働省で今度医療情報をどうするかという班会議があるんですが、昔の患者さんは情報がなくて苦しんでいましたが、今は情報が多すぎて苦しんでいるんですね。最後は自分が決断をしなければならないのですから自分で勉強するのは大事ですが、ただそれを翻訳してくれる身近なホームドクターとか、医療コーディネーターが必要ではないかと思います。
南雲 同じような話になりますが、医師は時には教師の役目をすることが必要だと思います。上野さんの話にありましたが、セカンドオピニオンによってさまざまな情報を得たのに、どれを選択していいのかわからなくなって、ますます迷ってしまう人がいるのです。

セカンドオピニオンによって患者さんを混乱させてしまうとしたら、その医師は教師としての役割は失格だと思います。かといってズバッと「これやりなさい」と言う医師もまた、失格だと思います。

たとえば、子供が問題を解けないときに、いきなり答えを教えてしまっては、これは教育になりません。その答えを出すために必要な情報と考え方を教えてあげれば患者さんは自分で治療方針を決定できるのです。これを分かりやすく説明してくれる医師が必要なのです。
石井 情報が氾濫しているので、がん治療学会とか厚労省が後押ししてガイドラインを作っています。私も骨軟部腫瘍の抗がん剤治療の委員の一人ですが、かなりできてきています。ただし、それを見ると一般の人が読んで分かるようには書いてない。それをもとにしてなおかつ患者さんにわかりやすいような情報に変えていく作業が、この次の段階に必要であると思います。

乳がん学会などではすでにガイドラインができています。 しかし自分の体のことを良く知らない人が多いと思います。胃がどこにあるか、肝臓がどっちにあるか、腎臓が二つあることも知らない人がいる。まず、自分の体のことを少し勉強しておくことも大切なことだと思います。その辺の基本がないと、ガイドラインをなかなか理解するのがむずかしい。また患者さんの体のことをよく知っているかかりつけ医がいて、その医師と相談するのが本当は一番良いのですが、日本の現状ではそのようなかかりつけ医がいる人はまれと思います。
上野 今氾濫する情報に関しては、語り尽くせないくらいいろんなテーマに広がってしまうので、いくつかに絞って言ってみたいと思います。情報には大きく分けて二つあります。
(1) 治療法や生存率に関するデータ
(2) 実際病気に罹った人の体験談

(1)の生存率に関するものはエビデンスもあり、科学的でもあります。信頼できる機関から出しているものに関してはとり合えず信頼度も自分ではかれる。また、出所を見れば自分で信頼性も判断できます。

もう一方で体験談は個々の例でしかないし、誇張や間違いや記憶違い、誤解もあり、いろいろなリスクがあります。ただし、がんに罹ったときに知りたいのは、自分がどうやって生きようか、自分と同じがんに罹って、同じ治療をした人がこの困難をどう克服して今生きているのかということです。ですから、エビデンスも大事だし、ガイドラインも大事だけれど、もう一方でこれから治療にむかう、もしくは今治療で苦しんでいる患者を勇気づけ、この困難・試練に立ち向かっていく元気をもらうための一つの智恵として、患者本人の作るホームページとか、手記とか、闘病記であるとか、患者会などがあると思います。そういう場でみんなで話し合う、自分一人じゃないし、治療を乗り越えて現実に元気になった人が目の前にいる、そういう事実を知ることでしか得られない勇気というものが得られると思うんです。これは医師には与えられない情報だと思っています。

前者の科学的なデータというのは相当覚悟してみた方が良いと思います。知りたくない情報もたぶんいっぱいある。医師は1000人のデータを集めて1年後に生きているのは何人で、というデータをまじめに出してくれたとしても、受け取る側にとっては非常にきついデータであることが良くある。「とりあえずデータ」と思ってみるけれど、何らかの覚悟を持って見ないと意気消沈してしまってなんの役にも立たないという場合もあるわけです。

3番目は、今、医師向けの図書室がどこの大学病院にもあります。医学情報というのはどんどん変わっていくので雑誌で出していく方が最新情報を素早く提供できます。医学書のなかには研修医や看護師向けに専門医向けのものほど難しくなく書いてある本がある。こうしたものを患者にも見せようじゃないか、という動きが出てきています。私が記事を書いたなかには、たとえば東京女子医大病院だとか、いろんなところで「患者情報室」「患者図書室」などという名前で、医療情報を少しかみ砕いて、少し専門的だけれど、素人にも分かるような本を取り揃えていつでも読めるようにしている病院も出てきています。図書室のライブラリアンのなかにも、情報を医師にだけ渡すのではなく、患者にも渡そうじゃないか、という意識が出てきているのも事実です。これももちろん情報を取るときの危険性は同じなので気をつけて欲しいのですが、少なくとも、自分の病気を自分で調べてきちんと知りたい、という人にとってはそういう所を活用するのも一つの方法だと思います。
埴岡 闘病のための情報収集については、僕はかねてから「6階層のピラミッド」と言っています。情報収集にはそれなりのコツを知り、努力も必要です。いろんな性格の情報があるんですが、それを下から積み上げないといけないと思っています。

そのピラミッドの一番下にあるのは「ものの考え方」だと思います。たとえばスティーブ・ダンのように、がんというものをどうとらえたらいいのか。

その次は「病気情報」。先ず見ておくべきものは、国立がんセンターのホームページにある、その疾病の解説です。 実は、アメリカのがんセンターの方が解説の内容が世界標準的で良く、しかも医師向けと患者向けがありまして、医師向けでもけっこう読めますので、それを読むのがいいと思います。それが英語でしか読めなかったので、僕や南雲さんなどのチームがボランティアで翻訳していたのですが、今ではすべて翻訳されたホームページがあります。たった一つ挙げろと言われればその病気になったら、日本語に訳されているアメリカのがんセンターの医師向け情報を患者さん向け情報を参考にしながら読む。これが2階層目。

三つめは、「患者団体、コミュニティーを探す」こと。実際に集まって顔を合わせる患者会でもいいし、ネット上のメーリングリストでもいいから患者会に入る。

四つめは、「治療成績とか病院の情報」をできるだけ集める。

五つめは、「セカンドオピニオンを取るための情報」を集める。六つめは、患者さんの中でめちゃくちゃがんばっている、「私もあんな患者になりたい」というロールモデルを集める。ちゃんとその6階層を下から積み上げておかないと、ただたくさんの断片情報を集めるだけでは混乱するだけになってしまいます。

今は、それをやってくれるイエローページみたいなホームページも出てきました。たとえば血液疾患の悪性リンパ腫の「グループ・ネクサス」のサイトに行くと、こうした六つの情報が集まっています。情報というのは氾濫しているのではなく、まだ不足している、と思います。ただ、一望できるように編集してあるものが不足している。だから、「α」みたいなところがそれぞれの病気のそういう入り口を作ってくれると患者さんはやりやすい。


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