---第29号特集記事---


患者に寄り添う医療を目指して
―ネット社会に医師として関わる


吉田 純司 氏 (国立がんセンター東病院 呼吸器外科医)
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私が医者になったきっかけは、東大で人工心臓を研究されていた渥美和彦先生の「人工臓器」(岩波新書)を中学時代に読み、「医学というのは自然淘汰に抗してきた学問である。遺伝的に弱い人も救ってきた結果として遺伝的に劣化の方向に進んでいる。その果てには、もしかすると人類全体がだめになるかも知れない」という記述に、「すごいな!」と熱い読書感想文を書いたあたりにあります。そして心臓移植が世界で初めて南アフリカのケープタウンのグルーテ・シュア病院で行われた話を読んで燃え上がってしまったわけです。

心臓外科をめざしたのですが、研修医として最初に行った病院で幼子が大変無残な死に方をしたという経験をし、このまま一生やっていくのは無理だと思いました。

その後、3次救急病院の旭中央病院に2年ほどおりました。夜間救急の経験から、その緊張感が心地よいと感じ、大学に戻ってからも救急や大きな手術となる食道外科をやろうと思い、国立がんセンターに研修に行かせてもらいました。非常勤の医員という立場で、週1回しか病院にいないことになっていて、4週で月給が4万円という厳しいものでした。
 
その後、大塚の癌研病院で肺の勉強をしているうちに、教わっていきたいと思う先生との出会いがありまして、続けていました。国立がんセンターの第2病院を柏に造る話が進んでいる1992年の3月頃に、「肺の勉強を一緒にしませんか」とお誘いを受けて現在に至っています。




バイクがきっかけでインターネットの世界へ

92年当時、インターネットはまだ世のなかに知られていませんで、94年くらいからだんだん浸透し始めました。がんセンターは新しくできたものですから、院内にLANのケーブルが引かれていてやりやすい環境にありました。

私はバイクが好きで、82年から乗り始めました。ヤマハのバイクから始めて今BMWですが、ネットを探してみますと、インターネットBMWライダースというメーリングリスト(ML)があって、それがインターネットにかかわった最初でした。MLといいますのは、登録者のリストがサーバーに入れてあって、そこにメールを送ると登録者の元にいっぺんに配られるようになっています。そこへ顔を出すようになっていろいろ世界の人と友だちになりました。そのうち僕も海外出張の声がかかるようになって、「行く」と言うとパーティーなどをやってくれる仲間ができて楽しんでいました。

こういうMLに入っていますといろいろ出会いがあります。この南アフリカの先生は放射線科の医師なんですが、わたしが行ったときにホストをしてくれました。奥さんが30年前に文通をしていた長野の人がその後音信不通になっているが、なんとか探せないかと相談され、ネットで長野県上田市役所に問い合わせたらいたんですね。「かくかくです」という手紙を出し、1週間ほどしたらこの方から長大な手紙が届きました。

私が南アフリカに行ったのは98年ですが、99年にこの教授が日本に来る機会があって、奥さんを伴って来られたんですが、東京で一緒に食事をし、文通していた二人を引き合わせることができました。世界は非常に狭いということをインターネットを介して経験してきました。

キャンサー・トーク・メーリングリストを探し当てる

自分が楽しんでいるだけでは申し訳ないという気がしてきて、97年の夏近く、ヤフージャパンのMLを紹介するサイトでキャンサー・トーク・メーリングリスト(CTML)を見つけました。当時はまだ始まったばかりで投稿の累計も200件くらいだったんですが、そこに出て行っていろいろかかわりを持つようになりました。 このサイトは乳がんの患者さんでママベアという方が始められたものです。最初米国のメーリングリストに入られたのですが、民族性の違いなどもあって日本でご自分で始められたのですね。そこに参加させてもらいました。

そこでの話題は、がんに対する積極的な治療法や、症状緩和の方法や、いわゆる民間療法とか、治療にかかわることでどうしたらいいか、また、医療者とのコミュニケーションをどうしたらいいかという話など多岐にわたっています。また患者さんの具体的なケアの細かい工夫など、そういう情報を求める方に対して、医療者あるいは患者、家族の方がいろいろ相談にのったりしています。患者、家族、それぞれの立場の悩みというのがありますので、それについても、実際にそういう経験をしたことのある方がいろいろ助言をする、そういう場所です。

MLに共通することですが、メールとして配られるので、それを読むも読まないも自由ですし、いつ読んでもかまいません。コンピューターとインターネットに接続できる環境があれば、どこでもできますし、来たメールを全部読む必要もありません。かかわりあう程度が、時間的にも地理的にも縛られずに非常に自由であることが特徴です。また、インターネットの世界では匿名で自分を通すことができますので、自分がどこの誰ということを知られずに情報を集めることが可能です。

それから、書く側においても、気持ちがパニックになってしまっても、一度その気持ちを文章にして眺めることで冷静になって、何が一番大切なのかを考え直すことができる貴重な機会になります。それは相談にのる側にとっても言えます。日ごろ気持ちのなか、あるいは頭のなかだけでなにげなく考えて、あるいは感じていることを、文章にするため、テニオハから組み立てて考えなければならないので、そうすることで具体的にしっかりした考え、筋道をつけた考えができるようになる訓練になっています。そして、書いたことに対して参加者から「それは良いのではないか」あるいは「それはちょっと……」というように反応が返ってくるので、孤立しないですむということがあります。

感謝されることが励みになって

私は医療者としてこのMLにかかわって6年ほどになりますが、非常に面白いと感じています。私は肺がんの外科的な治療が専門ですが、必ずしも肺がんの相談ばかりを受けているわけではないので、それ以外のことについて学ぶようになります。他の分野について、今のトピックはどうなのか、最新の治療法として標準と考えられるものはどうなのか、あるいはそういう治療法が標準とされるにいたった経緯をだんだん調べるようになるので、専門外のことについて詳しく知る機会となっています。

そうして調べたことを、直接医療に携わっていない患者さんや家族の方に分かりやすく説明するにはどうしたらいいかを考えるきっかけを持てる。専門分野の熟語に頼ったほうがラクはラクですが、そればかり使っていると、一般の方にとってはちんぷんかんぷんになってしまいますから、そこをうまく伝えようと考えるわけです。一生懸命考えて投稿すると、非常に感謝してもらえる。それがまたとてもうれしく、励みになります。

そのほか、患者さんや家族の方から経験に基づいて、こんなことをしたら良かった、と具体的な話を出していただけるので、受け取る側にとっても親密な感じになると思うのです。実際の経験というのはとてもつらいこともあったと思うのですが、文章に書くことによって、経験をいったん外において眺めるということで、気持ちのわだかまりを解くことができるという面があると思います。


論外の存在

そうやっていろいろかかわってきますと、問題のある人、論外の存在が見えてきます。医療者側では、患者さんがなにかしら相談すると機嫌が悪くなるという医療者です。

私は基本的に患者さんは、医療サービスに携わっている人間にとってはお客さんだと思っています。お客さんからなにか言われたことで機嫌を悪くするということは、ちょっと変だと思います。だからあまり医療者の機嫌をそこねるのではないかと考える必要はない。

これはある患者さんが言っていたことですが、「患者側がいろいろ手加減を加えずに正直に体のことを伝えないと、医療者側もちゃんとした仕事ができない」と。これはそのとおりでして、医療者側の気持ちを慮って、「こんなことを言っては悪いんじゃないか」と自分の気持ちや状態を伝えることを手控えてしまうと、かえって患者さんの気持ちや状態をきちんと把握できず、適切な対応ができないことがあるので、言いたいことは言ってもらった方がいいと思います。

ただ、だからといってめちゃくちゃを言う“お客さん”はどこのサービス業でも嫌われるわけで、そのへんはバランスということが大事だと思います。お互い時間の拘束がありますから、じっくり話をしたいということがあれば、時間を約束なさった方がいいでしょう。突然いらして「こういう話をしろ」と言われても、なかなか対応できないこともあります。そのへんは「人づき合い」の範疇で判断していただきたいと思います。

患者さんの側で論外なのは、メーリングリストでも「何でもいいから教えてください」という方です。何でもいいからと言われても大変困る。広い立場から物事を大局的に見たときと、それぞれの具体的な場合では話が違います。これでは話が進みません。


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