---第28号特集記事---


病んでなお“普通の生活”をするために
―在宅ホスピスという選択


大岩 孝司氏 さくさべ坂通り診療所 所長)
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「在宅緩和ケア/在宅ホスピス」という診療を始めて2年近く経ちます。この間の経験をふまえて話していきたいと思います。

 
この仕事をするうえで、車・携帯電話・パソコンは“三種の神器”として欠かせない物となっています。パソコンの話から始めることにいたします。当診療所は、電子カルテを導入しているので、レントゲン画像や、病院からの診療情報提供書や検査データをノート・パソコンに入れて訪問できます。患者さんのお宅で診察をしていても、診療所にいるときと同じように確実な情報をもとに診察ができるわけです。がんの終末期にある患者の診療に、そんなものはいらないと考える方もいますが、具合が悪くなることを日々実感している患者さんにとっては、現在の状態を客観的に評価できる情報に基づいた診療が必要であり、大切であることが少なくありません。

 
私どもの診療所が「訪問診療のクリニック」として力を入れているのは、がんの患者さんを対象とした在宅緩和医療です。外来診療は、水曜日午前中の予約外来のみとし、必要なときにいつでも往診できるようにしています。他に診療関連では、今お話した電子カルテを使って、患者・家族が自分のデータを知りたいときに、いつでも渡せる「カルテ・レセプト開示」を考え、実践しています




真実を伝えることで信頼関係を作る

 「診療圏」としては、千葉市が中心ですが、まだ、患者数が多くはありませんので、もう少し広範囲にカバーしています。

 診療の対象として考えているのは、1.「患者本人が、在宅緩和ケアを希望している」これが、何よりも基本です。もちろん患者自身が自分の意思をはっきりと表現できない、あるいは家族の思いの方が強いこともあります。その場合には事前に、2.患者本人と「病状に関する話ができること」という了解をとっています。実際には、「告知を含めて事実を話すことの了解をもらわないと、私たちの目指す診療を行うのは難しい」ということを家族に伝え了解をいただくようにしています。ところが、きちんと病状の話をしていない家族の多くは「話したら患者はもう立ち直れません」とおっしゃいます。「話す」ということは「こういうがんで、こういう状態で、もう治りません」と伝えることを意味しているのではありません。訪問して病気のことを最後まで一切話さずに経過する患者さんもいらっしゃいます。本人が問いかけてこない場合には、あえて話すことはありません。

 患者さんが問いかけてきたときに事実を伝えたことで、「立ち直れなかった」ということはありません。むしろ療養状況は良くなります。「時間は残されていませんよ」という話をするのではありません。ただ、患者さんが問いかけてきたことに関しては、事実を話します。「問いかけてくる」ということは、いつもそのことを考えていて、そのことで鬱々としているということを意味します。それが積み重なってくると精神的に非常に不安定になります。患者の心に鬱積していたものが外に出てくるのは、療養状況を良くする大きなチャンスです。ですから、そのときにはきちっと話をする。つまり患者が現在ある自分自身の状態を受け入れていることが大切なのです。そのことを、まず面談のときに家族に了解していただき、そのうえで訪問を開始します。
 
 診療の依頼があったときに訪問を開始する手順を話します。最初に、家族の方だけに診療所に来ていただいて話をするようにしています。なぜなら、患者さんが自分の厳しい状況を認識したうえで療養していくためには、家族がどう考えるかということがとても大きな要因になるからです。あえて患者さんの居ない場を設定し、家族の忌憚のない考えをお聞きし、私たちの考えを理解してもらうようにしています。患者と家族というのは、特に家で療養するときは、お互いを映し出す鏡です。「死」を意識しながら毎日を過ごしていると、感性は研ぎ澄まされてきて、家族の一挙手一投足、雰囲気を、それまでの数倍の感度で察知するようになってきます。ですから、家族がどのように考え、行動するかがとても大切になります。

 患者さん、あるいは家族と話すと、今まで受けてきた医療に対する不満や後悔を大きな問題として抱えている方が多いことに驚かされます。今まで受けてきた医療の実態が問題だと言っているわけではありません。我々医療者から見て全く問題のない、ある意味では高い水準の医療を提供されていた患者さんでも不満を抱えている。これは、主治医と患者・家族とのコミュニケーションの不足からくる問題ではないかと思います。

 インフォームド・コンセント、情報開示の時代になり、「あなたが決めなさい」とまでは言われなくても、それに近い状況のなかで、家族で相談して決めたのだけれども、現実に目の前で具合が悪くなっていくのを見ていると、決めたことがそれで良かったのかどうか、別の選択をした方が良かったのではないか、という不安が非常に強くなります。そして、そのことに対する医療側からのフォローはほとんどないといっても過言ではありません。ですから、しばしば「あなたが今までに受けた医療は、決して間違っていませんよ。あなた方が選んだ選択肢は、決して間違っていませんよ」としっかりと伝えて、今まで受けてきた医療について、理解・納得し、後悔を引きずらないようにしてもらうことがスタートになります。そこをきちんと整理しておかないと前を向くことができないので、後の治療・療養がうまくいかないことが多いのです。

「生きることの支援」としての緩和ケア

 「緩和ケア」「ホスピス」という言葉の整理をしてみます。「ホスピス」という言葉の方が馴染み深いと思いますが、「ホスピティウム=温かく迎える」というケアの内容を表す言葉です。「ホスピス」と「緩和ケア」は、だいたい同じ意味で使われていますが、「緩和ケア」の方が少し積極的で包括的な響きがあるような感じがします。「ホスピス」というと、症状を和らげる治療はもちろんしますが、安らかに静かな時間を過ごすということで、積極的治療はしないというイメージがあります。

 「緩和医療」というと、「私はまだ緩和医療の時期ではない」「俺はまだそんな所に行かない」と言われることが多いし、末期的なイメージであることは同じです。しかし、もう少し掘り下げて考えてみると、本来医療はすべて「緩和医療」であると言えるのではないかと思います。痛いから病院に行く、気持ちが悪いから病院に行く。そういう辛さを取って欲しいから病院に行くわけです。そこには、終末期も何もなく、とにかく辛いのを和らげて欲しいという共通の思いがあるだけです。つまり苦痛と感じる症状を和らげて、その人の尊厳を保つ、その人が惨めな気持ちにならないように対応するということ。尊厳を保ちながら、生きること、生活することを支えるのが緩和医療と言えるのではないでしょうか。これは終末期でなくても同じで、医療の本質そのものであると考えています。

 医療全体が緩和医療であるという捉えかたのなかで、これからしばらく「がん治療と緩和医療」を考えてみます。最初にがんと診断をされて、手術・放射線・化学療法という治るための治療=根治的な治療を受けます。これも将来の肉体的・精神的な苦痛に対する緩和医療であり、現在進行形としてはがんと言われた人が受ける辛い治療に対する苦痛の緩和、さらには心の緩和ケアとでもいうべきことが必要です。それから残念ながら再発、あるいは根治的治療でがんが完全に消えなかった場合、次の段階の維持治療に入っていきます。さらにその先に、いわゆる抗がん剤治療はなかなか難しいという段階になって緩和治療、いわゆる狭義の緩和医療ということになります。

 狭義の緩和医療に求められるのは、何といっても苦痛の症状の緩和です。痛みを中心とする辛い症状を少しでも和らげることが基本になります。そのうえで、緩和ケアとは「生きること・生活をすることの支援」だと理解しています。「死ぬことの支援」ではありません。今、生きていることの積み重ねの過程そのものが生活であり、そのなかで「死」を迎えるわけです。そういう意味では、緩和ケアは「生きること・生活の支援である」と、ぜひ考えていただきたいと思います。

 その次に「死の準備」について触れたいと思います。矛盾したことを言うようですが、この矛盾が大事です。患者や家族と話をするときに、非常に厳しい状態の患者さんについて、「残された時間は少ないと考えることが必要です。事実を見つめていきましょう。事実を避け、治るための治療を追い求めることは、決してプラスになりません」とお話します。特に家族には、このことを強く申し上げます。同時に「もう1カ月で死ぬ」と思っている人が、1カ月経った、あるいは経ちそうだというときに、「自分には違うことが起こるかも知れない」と思うのです。それを大事にしてください、と家族に話します。「事実を基にして話す」ということと、「事実を求める」ということとは違うのです。「あと1週間しかない。治りっこない」なんて絶対に言わないでください、と話します。状況認識をきちんともつこと、そして矛盾していても希望をもつことが、毎日毎日を少しでも充実して過ごすために必要だと思います。ですから、「生きること・生活の支援・死の準備」―これらは決して矛盾することではありません。

 「お棺に入るときに何を着ますか?」そういう話ができる患者さんの状態は、非常に安定しています。このような厳しい話が、患者さんの気持ちを安定させるのに役に立つことが少なくありません。ある患者さんの場合ですが、かなりの高齢で目も耳も悪くなっていて、筆談でやり取りをしていました。退院した日に伺ったら、家のなかを這いずり回ったりして訳が分からないし、家族の言うことも聞かない、という状況に出くわしました。しかし、その患者さんと話をしているなかで、その人にとって気になることがあることがわかりました。自分が死んだ後に入るお墓のことでした。今まで家のことは全部自分で仕切ってきた人で、家族に任せられず気になって仕方がなかったのです。しかも家族はそんな話は、「縁起でもない」と聞いてくれない。家族を説得して、石屋さんを呼んでお墓の相談をしてもらいました。その直後から、せん妄がピタッと止まったのです。

 患者が一人で胸のなかにしまって鬱々としていることを少しでも引き出すことが気持ちの安定に結びつきます。たとえ辛い話であっても一緒の土俵で相撲をとることが、とても大事だということです。死を目前にした患者の気がかりの多くが「死」にまつわる話なのであって、緩和ケアやホスピス・ケアが「死」の話をするということではないのです。思想ではなくて、その患者が何を考えているかということを引き出すことが必要だということです。

緩和医療におけるがん治療

 話は少し戻りますが、患者の頭から外れないのは、がんの治療のことです。「諦めた」「理解した」とはいえ、治るためのがんの治療のことが頭から離れません。1回使うと20万円かかる「○○ワクチン」の注射を頼まれたことがあります。それから、あまりお金がかからない丸山ワクチン。そういった治療に頼らざるを得ない状況が、患者の側の今までの積み重ねのなかにはあります。

 私は、「治るための治療」がすでに終わった多くの進行がん患者の抗がん剤治療を、基本的には賛成しません。抗がん剤の治療は、冷静にがんの進展状況を認識して、その目的と効果を考え合わせて、やることが得策かどうか判断すべきだと考えています。しかし、その話は医者という立場で一歩下がって見ているから言えるのであって、当事者にとってみればそうはいかないのです。「頭では理解できる。でも気持ちがついていけない」、そういう患者さんにとっては、抗がん剤を使うことが安心につながる場合があります。

 腹水がたまって、他の病院で「抗がん剤は意味がない」と言われて家に帰ってきた患者さんが、やっぱり抗がん剤に固執する。量を少なくして、副作用が出ないように配慮しながら抗がん剤を点滴で行いました。点滴が終わったとたんにニコッとして「家で抗がん剤をやりたかったんだ」。さらに「もういいです。後のことは任せます」と言っていました。要するに、がん治療も緩和ケアも、患者さん自身の納得の仕方が、その人その人によって皆違うわけですね。その違いにうまく合わせることができれば、とても良い形で療養ができると考えています。そういう意味での抗がん剤は、必ずしも最後の段階だからといって、拒否はしません。そういうことをも含めてホスピスという言葉よりも、緩和医療という言葉を使いたいと思っています。

 私は千葉大学の肺がん研究施設というところの出身ですが、30年間呼吸器外科医として外科治療をやってきました。ですから、がんの外科治療の専門家としての自負はありますが、肺がん以外の抗がん剤の使い方などそれぞれの専門分野に関しては、必ずしも精通しているわけではなく、むしろ色々と教えてもらうべきことがたくさんあります。多くの病院では、呼吸器科・消化器科・婦人科・泌尿器科などと専門化されていますが、それぞれ臓器の専門家ではあっても、必ずしもがんの専門家とは限らない。そういうなかで患者を診ているわけですから多少の行き違いが起こる可能性は否定できません。また残念ながらがんセンターといえども本来の意味での腫瘍医、特に腫瘍内科医は非常に少ないのが現実です。

 このようなことを頭において、少し緩和医療としてのがん治療について考えてみます。がんの終末期であっても、放射線治療をすることで非常に元気になる方もいます。大腸がんの肺転移で、私の所に来たときにはゼイゼイして苦しくて、歩くのもやっとの患者さんがいました。レントゲンを見たら、呼吸器の症状は肺に転移をしたがんのために気管支が狭くなっていたからだったのです。この人は放射線をかけるべきだと判断をして、改めて放射線科に依頼しました。そしたら、非常によく効いてゼイゼイがとれ、それから半年間ですが、ごく普通の生活ができたのです。これは根治的な治療ではありませんが、緩和医療としてのがん治療をした結果です。

 やはり「もう打つ手がない」ということで紹介されてきた方ですが、初めて来院されたときには、脳の転移性腫瘍のために自力で歩くことができず、娘さんに支えられていました。治療歴を見たら、放射線治療の適応はないとのことでした。しかし、ステロイドをそれまで使っていないし、現在も処方されていないことが判りました。そこで、ステロイドの使用を開始したら、2、3日でシャキッと歩き始めたのです。脳転移が出てから1年半元気でしたし、私の所に来てから亡くなるまで10カ月くらいありましたが、そのうちの大半は、家事も外出もして、ほぼ普通の生活をしていました。

 これらの患者さんの例は、緩和ケアとがん治療というものが、あるところで区切られるものではないことを示しています。緩和医療としてのがん治療はとても大切です。連続した時間のなかで、その人にとって、その時期に一番良いと思われる治療をしていくことが大事なのです。そういう意味でもう一度、がん治療のなかでの緩和医療というものをぜひ考えていく必要があります。


「看取りとしての緩和医療」を超える視点を

一方で「見捨てられた」「まだ早い」という2つの言葉があります。私の所に来る患者さんは「もう治療がないから近くの病院に行きなさい」と言われ、「見捨てられた」という思いを抱えてくることが決して少なくありません。それは、今お話したように、全体としての治療のなかに連続したものとして緩和治療を捉える視点が、実際の医療現場にまだない結果だと思っています。これは必ずしも医療側だけを責められない。患者側も、抗がん剤が効くというと、ダーッと走っていく。「代替医療・アガリクスで治った」というとダーッと走ってしまう。そういうことに、ものすごくエネルギーを使いますけれども、がん治療というものを冷静に考え、捉えていくという積み重ねが少し薄いようです。

 「まだ早い」ということも、緩和ケアを少し広く捉えていかないとそうなります。例えば相談にみえた患者さんに「紹介状を持って来てください」と依頼します。抗がん剤治療をあきらめきれない患者さんに「いわゆる根治的な治療の抗がん剤ではなく、家でできる範囲での抗がん剤の治療は十分できますから、それを含めてやっていきましょう」と言うと、「じゃあ相談してきます」と言って帰ったまま来なくなることがあります。その理由は、主治医に「まだ早い」「まだそういう時期ではない」と言われて、紹介状を書いてもらえないからです。じゃあどういう時期ならいいのか、ということになってきます。そのような患者さんの多くは、結果としては自らの意に反して病院で亡くなっています。

 「まだ早い」は、患者側だけではなく医療側からも、つまり医療という場に関わる当事者双方からの言葉でもあるのです。ほとんど動けなくなって初めて「在宅にバトンタッチだよ」と医療者側が言い、患者もそう思う。緩和治療・緩和ケアが「看取り」としての役割に限定されてしまっては、本来の意義が半減してしまいます。先ほど申し上げましたように、生きるための医療ではなく、まさに死の医療そのものになってしまいます。生きていくこと、一日一日をどういうふうに暮らすか、ということのお手伝いが私たちにとって一番大事だと思っています。「まだ早い」ではなくて、もっと早くから一緒に相談をしましょう、という医療をぜひ求めていきたいと考えています。


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