---第24号特集記事---


「心のビタミン宅配します」

―笑福亭小松の泣き笑いがん日記―


笑福亭小松 氏 (落語家)




笑福亭小松と申します。

2回に及ぶ手術から5年、そして、列島の旅から4年。やっとこの1月で「がん5歳」となりました。長いような、アッという間の5年間でありました。病院に行くたびに、ロシアン・ルーレットをしているような気持ち悪さでした。

 
初めて病院へ行ったときの話からしましょう。私、病院なんて行ったこともなければ、前を通ることはあっても、中へ入ったことがなかったです。病院というところのにおいが何ともいえん苦手でありました。

 人間の身体というもんは信号がありますよね。毎朝便の出てた人が、2、3日続けて出なくなったりしたら、それは何か信号が送られている。車に車検があるように、人間もやっぱり検査受けないとあきません。私の場合はえらい激痛で 「ウーッ!」いう感じですよ。12月だというのに、汗がダーッ! 家内がビックリして救急車を呼びました。

「ピーポーピーポー」「ウーッ!」「ピーポーピーポー」「ウーッ!」
「ウーッ!」言いながら「ピーポー」で運ばれて行ってるのに、あの医者という生き物はなんであないに淡々としてるんでしょうねえ。「ウーッ!」言うてるのに「どうかされましたか?」(爆笑)

 
ところが、えらいもんですなー。たった1本注射を打ってもろうただけで、地獄の苦しみがウソのようにスーッと消えていく。
「痛うないってこんなにうれしいことなんかなあ。先生ありがとうございました。帰りますわ」
「ダメダメ! 治ったんじゃないんですよ。今一時的に痛みが止まっているだけなんです。胃カメラを飲んでもらいます」

 
苦しいですなあ。なんやホースみたいに太いでんな。やっと抜いてもろうてやれやれ。「ハーハー」してたら、また顔色ひとつ変えずに、
「たいへんな胃潰瘍ですね。入院しましょう」
「入院って? 胃潰瘍くらいで入院せなあきませんか?」
「胃潰瘍にもいろいろありましてね、最悪手術というのもあります。とりあえず入院しましょう」「そうですか。ほな一度家に帰って家内と相談して……」
「いえいえ、もう家には帰れません。看護婦が案内します。電話で奥さんにパジャマとか持ってきてもろうてください」

 
普通だったらここで「おかしい!」と思わなあかんらしいですな。ところが私は何でもうのみにするタイプやからね。
「そうですか」。
「2、3日のシャレで入院や。病院は笑いの宝庫や。なんかいいネタできるのとちゃうかいな」と勝手に思い込んでしまいましてん。


病気自慢する人

知らぬが仏。後で知ったがそこは「がん病棟」いうとこやった。連れて行かれた4人部屋。先客が3人。窓際のベッドの2人よろしいなあ。葛城山、寝釈迦のお山。お釈迦さんが寝たような山が見えます。朝日が昇る。夕日が沈む。

 しゃあない。空いたベッドに入る。パジャマ姿が板につくには最低でも10日ほどかかります。初めのうちはパジャマに着られてますわ。そやから新人はすぐわかる。どこの病院でも、牢名主みたいなおっちゃんが1人や2人必ずいてはりますなあ。どんな話してんのかなあ思うたら、たいがい病気の自慢ですわ。病気が重い方がえらい病人のような感じで、一目おいてもらえるんでしょうかねえ。私を見つけると、
「おう、見慣れん顔がおるなぁ」。
河内弁で「兄ちゃん、入院けぇ?」(笑)
「そうです。今日から入院ですねん」
「こっちおいで。仲間入れたるさかい。入院したさかいって病室に閉じこもってたら病気になるで。ちょっとそこ空けたって。兄ちゃんそこ座りィ」

 このおっちゃんは新入りをつかまえては、病気の自慢をするのを生きがいとしてる。(笑)一回一講釈始まったら2時間半は放してもらえない。途中で「便所行く」と言うたらついてきてしゃべりはる。もう餌食でんな。

 初めのうちはわからんもんやから、わしも真剣に聞く。「ほな、おっちゃんはどこが悪いんですか?」「俺はなあ、胃はとっくの昔に切ったんねん。未練なしの根こそぎやぞ。胃だけやあらへんで。脾臓に膵臓もや。今度は肝臓やで」と、みけんにシワいっぱい寄せてね。上には上があるもんやなあ、と思いました。誰が来ても同じこと言ってます。このおっちゃんに「九官鳥のおっちゃん」とあだなつけました。

人格も変える「絶食」

初めのうちは入院も確かにおもろかったです。ちょっと皆さんごめんなさい。たいへん失礼ながら……胃のない体、ダンピング。缶コーヒー飲ませてもらいます。

 仕事が忙しくて1、2回飯抜くだけでもイライラしますのに、「今から食べちゃダメよ」と言われた絶食というのは、辛いもんがありますね。人の情けがあるのなら、せめて絶食を告げに来る看護婦さんは、なるべくならやせた人にしてほしい。(笑)栄養満点みたいな人が来て
「夏川さん、絶食で〜す」。

その時にできました川柳を一句。
「絶食を告げるナースの丸いほお」

 結局、1ヵ月と5日絶食しました。どこへ行くにもあの点滴棒と一緒。寝る時も枕元におる。もう、点滴棒と友だちになってしもうて。孤独になりましたな。誰に腹たつわけやないけど、イライラします。

 いつけんか売ったろか、と思うくらいイライラしてる私に、看護婦さんが「気分は?」「悪い!長い間何も食わせてもらえないのに気分ええことあるかい。飯食わせ!」「夏川さん、胃が悪いの〜」「あなた、顔が悪いの〜」(笑)後で思うたら申し訳ないことしましたな。そやけど、もうガキの世界で。

 夜9時になりましたら、「キンコンカンコ〜ン消灯のお時間です。速やかにおやすみくださ〜い」の放送が流れる。「速やかに寝え? そりゃもの食うてる人は寝れるわい。絶食20日もしとるねんで。速やかになんか寝れるかい!」と思いながらも、することないし、寝なしゃあないなあ。「羊が1匹……」やないんですわ。「点滴が1滴、点滴が2滴、3滴、4滴……」。まだそのころは余裕がありました。

 ところが、隣で「ボリボリ、バリバリ」。なんや、なんや! もの食うてはります。「バリバリ、ムシャムシャ、ゴリゴリ、カコン、カコン」入れ歯やな。私は食べたらあかんの。同じ病室でバランス悪いん違うか、と、医者に腹たちましたけどね。どこが悪いのか知りまへんけど、よう食べはりましたわ。絶食20日目あたりのあのミカンのええにおい。ありゃ、鼻刺しまんな。脳天までいきまっせ。カサカサに乾いてる口から、なんや行水状態! つば、わきますわ〜。

「あ〜ええにおいやな〜。もう死んでもええわ。ミカン食いたいなぁ」と思ったら、隣で「チューチューチュー」。(笑)おっさん眠ってる間に首締めたろかいな、と何べんか殺意を抱きました。

 「奥さん、お宅のご主人ね、夜になったらよう食べはるんですけど、一体どこが悪いんです?」「糖尿なんです」。だったら、食べたらあかんのや。病人の悲哀ですな。

不安のなかで手術の宣告

まあしかし、だんだんと入院が長くなってきますと、不安も大きいなってきます。「胃潰瘍で入院した」思うてんのに、一日おきくらいに検査しながら絶食でっせ。それひと月続いたら、なんぼアホな私でも「なんやおかしいな」思いましたで。

 済生会御所病院という病院です。今院長先生になられているN先生に命助けていただくわけですが、典型的な古医者で、病名を患者に告げない。一方通行・出口なし!

「先生、わし……えらい長いようですけど、病気……」

「あ〜病気、大丈夫、治る」

「ありがとうございます。で、病名はなんですか?」

「治ってしもうたら病名なんて関係あらへん。それは医者が考えるこっちゃ」

 そりゃあそうやけど……アバウトな先生やなあ。

「先生、ほんまに治りますか?」

「治る、治る。一発やん! 手術したらすぐ治る」

「ちょ、ちょっと待ってください。今手術って言いはりましたな。先生は手術する方やさかい、簡単に言わはりますけど、手術するのに覚悟いりまっせ。手術怖いなぁ」

「何を言うてんねん、ええ年した大人が。子どもいてんやろ? 子どものためにも早よう治さな。手術の後ちょっと痛いだけや。長い人生の1日や2日、あっという間に過ぎるよ。来週火曜日オペ!」

 勝手に「オペ!」言われてしもうてね。手術の日が決まります。心の重圧といいましょうか、心配・不安・募る思い。子どもがあの時まだ小学校3年と2年。うまいこといくやろか? 失敗したらどうしよう?

 冬の葛城山。頂きには雪。一生忘れません。それはそれは寂しい晩でした。明日手術という1月23日の夜。山頭火も本に書いてますな。

「風の音は悲しい。泣きたくなる」。そのとおりです。ピュー、ピュー、キンコンカンコ〜ン「消灯のお時間です……」。遠くで犬の遠吠えが「ワォ〜〜ン」(笑)寂しい〜〜。


息子の涙が後押し

 明日になってくれるなよ! 
「このまま時間がずっと止まってくれたらええのにな」と思ってるとアッという間に過ぎますな。すぐ朝でしたわ。手術の日です。子どもはそんなこと知りません。家内が2人を連れて来ました。下の娘の望が「痛い?」と無邪気に聞いてくれる。

「痛いことはないけどな、お父ちゃんな、手術せなあかんねん」

「ほんまに? お父ちゃん、死なんといてや!」
そりゃあ死にとうないけどな。

 時間が来まして、手術着に着替え、ストレッチャーに横たわると、子どもたちが犬のように追いかけてきます。上の子・勝はのぞき込むようにして、「お父ちゃん、頑張ってや!」涙がボトボト……。息子の熱い涙がいっぱい落ちてきました。勝の涙と私の涙が一緒になって、目を伝わり耳の周りがビショビショになるまで泣きました。ちゅうちょしている私を息子の涙が後押ししてくれました。

 「よし、頑張ろう! まあちゃん、お父さんはスーパーマンや。頑張るで!」

 確かに頑張ろうとは思いました。でもね、私には頑張りようがないんです。手術室に入ったらまな板の鯉です。板長にお任せするしかない。腕のいい板長やったらよろしけど、板長とて人間です。「治したろう」と一生懸命手術してくださるでしょうが、「あー、しもた。ごめん」なんてことになったら、「チ〜ン」や。命を賭けた大博打であります。

 手術室に入りまして9時間という時間が流れたそうですが、私はそんなこと知るよしもありません。気がついたら、集中治療室。目が醒めたとたんに苦しいの、痛いの、暑いの。何やろ、管だらけで……。夢やったらええのになあ。激痛が恐怖を誘いますね。死ぬこと自体は怖くないにしてもあの痛みが……。

 「あの医者、何ぬかしやがる! 1日や2日アッという間に過ぎる? その1日が辛いんや!」。頭の中では威勢がようても体がピクリとも動かない。「痛い! 苦しい!」の声さえ虫の息。ナイチンゲールが来てくれます。夜中ですよ。ありがたかった。「どうしました?」「い・た・い……」

 「ちょっと待っててね。ドクターにお注射聞いてきてあげるから」

 ええ看護婦さんは風のようにスーッと出て行きますわ。そして、知らんうちに注射器1本持って、忍者のように現れます。

 「チクッとしますよ」。それくらいタダみたいなもんや。こんなに苦しんでるんやから、早ようやって!

 えらいもんや。モルヒネという薬、あれはすごいでんなぁ。どんな苦しみでも即効! スーッと痛みがとれるどころか、快い眠りがねえ。痛ないことはラクなこっちゃ。今までさんざん看護婦の悪口いうてたけどなぁ。これからは悪口言わんとこ。看護婦さんに足向けて寝んとこ……とその日は思いながら深い眠りにつきました。

 あくる日ですわ。夜になって周りが静かになると余計に痛みが集中する。「ウーッ」。2日目の方が余計痛くなる。声出すと痛いもんやから、体の傷にさわらぬ程度のうめき声。「ウーッ!ウーッ!」って言うてたら、この日の看護婦は「静かにしてくださーい。(笑)シー、ここは集中治療室です」「い・た・い!」「痛いの当たり前でしょ。昨日手術したとこなんやから、我慢してください」「注射打って〜な。昨日の看護婦さん、打ってくれはったで」「私、看護婦だから勝手にお注射できないの。ごめんねー」……。まず、動けるようになったらこいつからどづきたい。(笑)

 「医者に頼んで!」「今何時やと思ってるの?夜中の3時半よ。ドクター寝てはるの」「ドクター寝てはるかしれんけど、俺、死にかけてるがな。頼むわ!」「んもー!!」……。お前は牛か!

 それで、昨日の看護婦さんは音もなく入ってこられたけど、今日の看護婦はドタドタドタ!戻ってきていきなり「はい、いくわよ!」と注射打たれました。でも、腹のたつことに昨日も今日も薬の効き目は一緒なんです。また、深い眠りに……。


胃のないからだ

 いっつもものを食う夢ばかり見る。「水飲みたい」ばっかし思うてました。しかし、胃を切除した体、想像以上に変わってましたねぇ。つばも飲めん状態ですわ。初めて水が出てきたときのあのうれしさ!

「胃を切除してますからね。食道と腸が直結している胃のない体やから……」

「わかってる、わかってる!」こうなったらアル中状態です。

「あ〜〜あ〜〜はようくれ、はようくれ!」

「いっぺんに飲んじゃダメよ。ゆっくりね」

「わ・わ・わかった。はようくれ。待ってたんや」

 ゴクっと飲んだら「オエッ!」ゴクゴク!「オエッ!オエッ!」。俺、いつからトノサマガエルや? 自分の体やないんです。胃って大事なもんやったんですねえ。この会場にも同じ体験をされた方、いてはるでしょうけど、私はあん時思いました。「こんな体で生きていけんのか? 水も飲めんのに、山ほど積まれた薬を何で飲めばええんやろう?」って。

 「人間って愚かなもんやなあ」とそのとき思いましたね。無くしてしもうて初めてそのもんの大切さを思い知った。しかし、今となってはもう後の祭り。ないままで生きていくしかない。何べんも何べんも嘔吐を繰り返して、そうして、だんだん自分の食べ方のコツを覚えるようになるんです。

 ところが失敗しましたねえ。1回手術が終わって退院して、腸閉塞。また同じところを切った。「先生、2回も腹切るの辛いがな。もし今度切らなあかんときのためにファスナーつけといてや」。 最後のシャレや思って言うてやりましたけどね。




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