---第21号特集記事---


生きがい療法と精神腫瘍学

伊丹仁朗 氏 (医師)



皆さんこんにちは。

岡山から来ました伊丹と申します。私は日々病院でがんや難病の方々の治療にあたっている内科系の医師です。私どもの病院は緩和医療病棟の認可を受けていませんので、いわゆるホスピス的な態勢でやっているわけではありませんが、入院・外来で個別に症状緩和をする治療を行っています。それから、私は進行がんを何とか治せないかという研究をやってきました。標準的な治療ではなかなか治りにくく、医学が進歩したといっても、がんが確実に治る方法は早く見つけて手術をすることなんですね。ですから再発がんとか手術できない進行がん、あるいは転移しているがん、というのは治療に苦労するわけです。

私は今の標準的な3大療法、手術・化学療法・放射線療法では限界があると思うんです。

以前、近藤誠先生の「患者よ がんと闘うな」、がんは本来治らない病気で、がんもどきは治るけれども本物がんは治らない、だから治そうとするムダな努力はやめにして、毎日ラクに過ごすことを考えた方がよろしい、という本がかなり売れました。でも、あの本を読んだ闘病中の多くの人たちが非常に落ち込んでしまい、希望を失いました。近藤先生のお話は、3大療法の範囲での話だと思うんです。3大療法というコップの中で、近藤先生をめぐってがんが治る・治らないという論争があるわけで、コップの外には広い世界があって、さまざまな新しい治療法が研究されています。ただ厚労省が健康保険に採用していないから通常の病院でその治療ができないだけの話で、そういう治療法の導入で進行がんの治る可能性はかなりある、と思います。私が治療しているなかにも、予想外に元気で長生きしている人が結構あります。



3大療法に対する疑問と医療行政の矛盾

私は今のがん医療には非常に疑問をもっています。化学療法をすると免疫機能が低下します。でも、免疫機能がどれだけ低下しているか、という検査は全然しません。あとで出てきますNK活性・ナチュラルキラー細胞、がんに対する抵抗力ですが、これは通常17〜40%が正常ですが、化学療法をしている人は10以下になっている。がんの専門病院ではそれを全然調べずにどんどん化学療法をやっている。それでがんがある程度小さくなったとしても、自分の免疫力が低下すると、力関係が悪くなって、遅かれ早かれがんが再発します。

それから、例えば骨転移で困っている方が多いんですが、骨転移の特効薬が日本では使われていない。がんはなぜか転移する場所に相性があるらしく、乳がんは骨に、肺がんは脳と骨に、大腸がんは肝臓に、前立腺がんはやはり骨に転移しやすい。骨に転移して痛い。脊椎にあり、それが大きくなると脊椎を圧迫して下半身麻痺になったり、首に転移があると手足の麻痺になったりします。そして骨転移はすごく痛いという問題もあります。

骨転移に対しては、痛い場所に放射線を当てる、それ以外は化学療法をする。骨に転移したがん細胞が破骨細胞=骨を壊す細胞をたくさん作って骨をとかし、その後にがんが大きくなってくる、という形で、転移がだんだん広がってくるんですが、その破骨細胞を抑制する物質があり、それを投与すると骨転移はかなり抑えられます。

フィンランドから「クロトロネート」という骨転移の特効薬を、厚労省の許可を得て輸入しています。それをご希望の方に使ってもらってますが、大変経過のいい人もいます。日本の製薬会社が骨転移の薬を厚労省に製造・認可の申請をしているんですが、もう3年も認可されないままです。

厚労省には医療費抑制策としていろんな新しい治療薬を認可しない、という傾向があります。日本にある「アレリア」とか「イソナール」という注射液、これは「クロトロネート」と誘導体でほぼ同じ作用があるんです。ですからこれを2週間に1回点滴すれば、骨転移をかなり抑制できる。でも、厚労省は骨転移にこれを使うことを認めず、認めているのは高カルシウム血症だけです。昔は高カルシウム血症になるとまず助からなかった。「アレリア」という薬が出てから、これを2週間に1回点滴しますとカルシウムが抑えられて延命効果があります。これが骨転移に効果があるんです。

なぜこれが認可されないかというと、私の憶測ですが、高カルシウム血症という病態はとても少なく、骨転移の人は非常に多い。骨転移に認可するとこの薬が大量に使われるようになり医療費が膨大になってくる。だからだと思います。でも、骨転移はほかに治療法がないんだから、この方法を認可して症状を軽くして長生きしてほしいと私は思うんです。

緩和医療の知識を医療常識に

それから緩和医療の領域に関しては、厚労省が認可した緩和医療病棟・ホスピスが全国で77カ所くらいあるそうです。緩和医療病棟は普通の病棟と違って、スタッフ(ナース)が3倍以上、医者も、専属が1人、協力者が1人くらいいて、手厚い看護と治療ができるわけです。

私が矛盾を感じるのは、何百床の総合病院でも20床くらいの緩和医療病棟しかもっていないことです。病気になって死に直面してもごく一部の人しか緩和医療病棟の恩恵を受けることができない。大学病院で緩和医療病棟をもっているところは非常に少なく、関西では、和歌山医大。全体で一千床以上のベッドを備えながら、緩和医療病棟はわずかに7床。これは驚きます。

私が経験するのは、例えば総合病院の婦人科に入っていて、がんが進行してもうこれ以上治療はない、お腹に腹水がたまって苦しい。「痛い」といっても、なかなか治療してもらえない。私のところにご家族が相談にみえる。総合病院から私のところにです。「腹水をとってもらって、少し和らげたらどうですか」と私が言うと、「なかなか腹水をとってくれないんです」。

腹水をとってしまうと良いタンパクや、栄養分が失われることになりますから、一番いいのは、腹水をとって中にあるがん細胞や血液のいらないものは透析膜で捨て、良いタンパクだけ濃縮して点滴で体に返す。そうすればマイナスにならないんです。「痛いのはMSコンチンという鎮痛剤があるので処方してもらって飲めばほとんど痛くなく過ごせますよ」と言うんですが、婦人科の先生はそれを使ってくれない。「あれは麻薬だから最後になってから使うものだ」と。今が最後じゃないですか。麻薬に対する偏見も相当あります。

ロキソニンという消炎鎮痛剤、あるいはボルタレン座薬という鎮痛剤は、胃潰瘍などの副作用がありますから、使える量が決まってきます。MSコンチン錠は使用量の上限がありません。最初2錠から始めて、効果がなければ4錠にし、6錠にし、30錠とか40錠とか痛みが止まるまで増やせる、といわれています。吐き気・便秘・眠けなどの副作用が出ますが、予防薬がありますから自在なんです。どうしてもうまくいかない場合には、モルヒネの持続皮下注射をします。細いチューブの自動注入機でお腹の皮下に針を止めておいて、24時間量を決めてゆっくりと注入するわけです。痛みが十分止まる量までもっていく。それを維持量にする。これだと副作用もほとんどありません。

いろんな方法があるのですが、実際には総合病院の外科系の病棟では受けていないことが多い。緩和医療病棟があっても、それ以外の病棟・科では緩和医療はしてもらえない。これじゃあ、いくら緩和病棟を増やしても、結局はその恩恵を受ける人はごく一部に留まってしまうのではないでしょうか。

私が日常診療でいろいろな方々にお会いして話を聞いたなかで、素朴な疑問が生じてきたことを「がん医療 36の疑問」という形で今年の5月に一覧表にしました。こんな例がありました。 ある中小病院で、大腸がんが多発性転移している方がいました。外科で診てもらったら「ここの一番大きいものだけ、手術で取りましょう」と言われ、内科の先生に相談したところ「うちの外科の先生だから反対もできないしなあ」と言われたそうです。一番大きい所だけご本人と治療契約しても、カルテ上、あるいはレセプトという保険請求をみても違反にはならないのです。「ご本人の承諾のうえ転移の一部を切除しました」。これはこれで筋が通っています。でも多発性転移で、切除しても他の部分が大きくなってきますから、1つだけ取っても意味がないんです。あるいは、手術のストレスでかえって免疫機能にも悪影響するのではないか。

また、いまだに進行がん・末期がんの人に化学療法をする病院もあります。化学療法が効くがんというのは、ごく一部、血液のがん・白血病、乳がんの一部、卵巣がんの一部、睾丸腫瘍など特殊ながんだけで、腹部内臓・肺のがんというのは化学療法では根治はできない。延命効果も疑わしい。進行がん・末期がんの方に化学療法をしたら、かえって体調が悪くなるのではないかと思うんですが、これも、本人が同意している限りでは、カルテ上、保険請求上は何の問題もない。法的な違反、医師の注意義務の違反には全くならないわけです。道義的にはたいへんな問題になると思いますよ! 私は。

もうひとつ、新聞なんかを見てますと、ほとんど毎日のように本の広告が出ています。「○○キノコを飲んだらがんが何十人も何百人も治った」「水溶性の○○を飲んだら治った」と書いてるんですね。いろんな会社が扱っているキノコの本が載っている。あれは本屋がその健康食品を販売している会社へ来て、「本を出しませんか。監修者と症例はこちらで準備しますから」。で、表題が50人、100人が治ったというものになる。その100人という症例は本屋が準備しているわけですから、実際の調査をして本当に効いたというものではないんですね。これは○○キノコが全く効かない、と言ってるわけじゃないんですよ。本がそういうふうに作られている、ということです。

「生きがい療法」とは

私は20年ほど前から少々変わった研究をしていまして、それは精神の働きを利用して病気の治療効果を高めよう、というものです。そして、「生きがい療法」という心理療法を考案しまして、闘病中の方々に利用していただいています。「生きがい療法」というのはいろんなユニークな心理学的方法を組み合わせて行っていますが、そのひとつにユーモアスピーチがあります。

私は闘病中の方々に「最近の身の回りのできごとを、聞く人が楽しく笑うような短い話にまとめ、一週一話の目標でノートに書きとめて、それを家族や周囲の人たちに話して一緒に笑いましょう」という方法をお勧めしています。私の病院のなかでも発表する会がありまして、それぞれが準備してきたスピーチをお話するわけです。私ももちろん発表します。そのうちのひとつをご紹介したいと思います。ユーモアスピーチは必ずタイトルがいります。今日の私のスピーチのタイトルは「腸が長い」。

先日私は人間ドックで、大腸ファイバースコープの検査を受けました。まず、水に溶かした下剤を2リットルくらい飲みまして、便を全部出してしまいます。下剤は少し味がついていますが、なかなか口になじまない。2リットルを1時間くらいで飲まなければなりません。途中、ナースがやって来て尋ねます。
「どうですか? 飲めますか?」
「飲みにくいですねえ。これが生ビールだと 飲めるんだけど」
いよいよ検査になります。ドクターがカメラのついた長いチューブを“みとこうもん”の方から入れて盲腸まで逆行して診る検査です。(「水戸肛門」と書かれた紙を聴衆に見せる)(笑)  ところが、途中からなかなかうまく入らない。ドクターがおっしゃいます。
 「あなたの腸は長いですねえ。それでなかな か入らないんです」
 「どのへんが長いですか?」
 「横行結腸でしょうか」
 「横行結腸から盲腸まではモウチョットなん ですがね」(笑)
 「そうなんですよ」
 ユーモアのわからないドクターです。
 「横行結腸が横行すると、先生も苦労されますねえ」
 「草食動物は腸が長いんですが、あなたはど んな食べ物がお好きですか?」
 「冷やしそうめんが一番好きです。でも、人間でも草食が好きなら腸が長くなるんですか?」
 「どうもそうらしいですよ」
 「じゃあ、来年の大腸検査を受ける前にステーキをしっかり食べて腸を短くしておきますから」
 「いやあ、そんな問題じゃあないんですよ!」
どこまでもユーモアが通じない真面目なドクターでした。やっと検査が終わってロビーのソファで一休みしていますと、受付の人がテレビをつけてくれ、ちょうど水戸黄門をやっています。
 「テレビは水戸黄門でよろしいですか?」
 「いやあ、こうもんの話はもうみと(水戸) うないです」(笑)
お粗末でした。(笑・拍手)

こんなつまらない話を一生懸命考えて発表するんですね。なぜこんな治療法を私が考えるようになったか、そもそもの始まりからお話したいと思います。

「森田療法」の応用を思いついたひとつの出会い

もう20年ほど前ですが、外来で43歳の主婦の方に出会いました。直腸がんの手術をしたばかりだったんですが、病名をご存知で、1日中死の恐怖に怯えて買い物も外出も掃除も何にも手につかない、という状態でした。私は何か解決するいい方法はないだろうか、日本の医学で開発されているんじゃないか、といろんな本をひもといてみましたが、なかなか見つからない。そのうちいろんなことに気がつきました。人ががんになって死に直面し、心理的な危機に陥ります。それを防ぐために、それまで日本の医学界はがんを隠すことで解決してきた。一部の先生は宗教的な解決を勧めていたように思います。
 
そのころ私は日本で開発された神経症の治療法・森田療法を応用することを思いつきました。 80年ほど前、慈恵医大の教授だった森田正馬先生が開発された治療法で、神経症の方々の不安や死の恐怖の治療法として非常に効果的である、ということが証明されまして、最近では日本だけでなく諸外国でもこれが使われて効果をあげています。
 
私は、この方法を主婦に試みてもらいました。やり方は「こういう不安や死の恐怖があるのは仕方ない。心から追い出そうとしても無理だろう。それはそのままにしておいて、今日一日自分が何をしたらよいかを考えて取り組みましょう」という考えにのっとり、今日実行したことを日記としてノートに書き、それを外来で見せてもらっていろいろアドバイスするという単純な方法です。でもこれが効果があって、2〜3カ月後には仕事も外出もできるようになり、卓球のママさんチームに復帰してスポーツもできるようになりました。
 
また、他のがんの闘病中の方にもやってもらい、それなりに効果があることがわかりました。サイコ・オンコロジー=精神腫瘍学。「精神活動ががんの治療法により影響を及ぼしている」ということが世界的に注目されるようになってきました。心理学的には森田療法、生物学的にはサイコ・オンコロジーの考え方をベースにして「生きがい療法」の試みを続けていくわけです。

がんと闘うための5つの基本方針

病気や死の恐怖にじょうずに対処する5つのヒントをまとめて、闘病中の方々に参考にしていただいています。

1.自分が自分の主治医 のつもりで病気や困難 の解決に取り組んでいきましょう。
2.病気治療中でも、今日一日の生きる目標に一生懸命うちこみましょう。
3.人のためになることを毎日何か見つけて実行しましょう。


これを実行している方々の実例をご紹介します。


●8年前に食道がんの手術をして、「予後3年くらい」と言われた方ですが、一生懸命自営業の弁当屋さんの仕事をされ、今も続けてます。8年後の現在、再発もせず元気でいらっしゃいます。これもひとつの実践だと思います。この方は食道がんを克服して食堂を経営しています。(笑)

●6年前に前立腺がんになり、「骨転移があるので手術はせず、予後は2年くらい」と言われたイタリア料理好きな方です。ビデオや参考書を見てはおいしいイタリア料理を独学で作ります。ジョークがたいへん好きで、毎日のように周りの人を笑わせているほどです。非常に元気で、腫瘍マーカーも正常範囲、画像診断でもがんがどこにあるかわからなくなって、泌尿器科の先生も驚いています。

●この方は、79歳の時に肺がんになり、「高齢なので手術しない方が長生きできますよ」と言われ、自宅で悠々自適の生活をしています。毎日わらじを編んで、土産屋さんに卸してこづかいを稼いでいます。九州在住で、先日九州へ行ったときにお会いしました。5年経って84歳の現在もお元気にしていらっしゃいます。「わらじを編むのが私の生きがいで、お陰で進行がんといわれたのに、こんなに長生きしているんですよ」とおっしゃって、嬉しかったですね。わらじを箱いっぱいにもらいました。(笑)

●10年前に肺がん、その3年後に甲状腺がんの手術をして2回がんにかかった方です。何か社会の役に立ちたいと、市のシルバー人材センターに登録しまして、募集があると申し込んで仕事をしています。木の剪定が趣味で、趣味を生かして働いている。私はこの方に時々冗談で言うんです。「○○さん、がんで死ぬ前に、木から落ちて死なないようにしてください」。
 
こんな危険なことでも、生きがいで一生懸命作業をなさっています。ユーモアスピーチを作るのがたいへん好きで、自分の手元に置くだけでは惜しいと、ホームページを開いて10年間に作ったものを次々に載せています。「お笑い宅急便」というHPです。全国の人がこれを読むと愉快になりますから、これも随分社会の役に立っています。
 
最近は、公民館や保健所が行う健康講座に、がん闘病中の人が招かれて話をする機会が増えています。講座に参加する多くの市民は、まだ病気じゃない方です。しかし、もし自分ががんのような重大な病気にかかったらどう対処すればいいかを学ぶ、たいへん貴重な会です。また、話をする方は、自分が苦労して取り組んできた体験が広く社会に貢献できる、という手応えを感じて、さらに元気が出てくるという効果があります。人の役に立つことが、その結果、自分の元気が出る、ということを心理学では「ヘルパーセラピー」といいます。ヘルパーすることが自分の力になる。お互いさまなんですね。

「死の恐怖」は相対化して共存を

今度は病気や死の恐怖にじょうずに対処する4番目のヒントです。

4.不安や死の恐怖はそのままに、今できる最善 を尽くしましょう。
 
死の恐怖に対して「人間修行して強い人間になり、心配も不安も死の恐怖も超越した境地になりたい」と考える方もおられますが、なかなか難しい。時間もお金も、何より大変な努力を要します。努力をしてもそういう境地になれる人はごく一部。
 
死の恐怖というのは、人間がよりよく安全に生きるための本能です。本能を追い出すというのはなかなか難しいことです。ダーウィンの進化論によれば、物事を心配して用心する人が今生き残っているわけで、何でも大ざっぱに考えて用心や心配をしない人は、もう自然淘汰されています(笑)。その本能をなくしてはいけないんです。あるがままにやっていこう。死ぬのが恐いのは本能だから仕方がない。ムダな努力はやめにして毎日恐いままやっていこう。でも、今日一日の生きる目標だけは、一生懸命やっていこう。
 
これは、どちらが正しいとか間違っているとかいう比較じゃない。このような簡単な方法もあるということです。これはインスタントの方法で、誰でもその気になれば今日からでもできる、入りやすい方法です。私がこの考え方を実行しているスライドがあるので見てみましょう。(スライド写真を見ながら)
 
車でドライブをしていると、道の脇の草むらにきれいな花が咲いています。「あの花を取って帰りたい」と思って草むらに入ろうとしたら、目の前に「まむし注意!」という大きな看板が!まむしは恐い。でも花は取りたい。そこで、不安はそのままに、花を取る、という目的に向かって進みます。(笑)これが今の考え方です。ここでまむしなんかムシしてしまうとだめ。かまれちゃいます。用心しながら恐い・恐いと思いながら実行すること。これが大事なんですね。

5.死を自然現象として理解し、自分の死に備え て今できる建設的な準備だけはしておきましょう。
 
死というのは誰でも嫌だから考えたくない。逃げたい。でも、いつか直面するのは事実ですから、逃げ切ることはできない。逃げようとするほどますます恐くなる特徴があるので、ちょっと逃げるのはやめにして振り返り、「死とは何だろうか」というふうに考えてみる。そして、自分の死に備えて今できる準備だけはしておく。そうすれば意外に一人でも対処しやすくなるように思うんです。
 
「死とは何か」ということについてはいろんな考え方があって、死後の世界を前提にした宗教的な考え方もなかなか有力です。しかし私どもは科学的な観点から、死は人間の力ではいかんともし難い自然現象のひとつだと理解していきます。死の受容とも少し違う。死を安らかに受け入れる、これもなかなか難しいことです。しかし、嫌々ながらでも理解することはできます。これだけでも随分違うんです。
 
そして死そのものに対しては、今できる建設的な準備だけはしておきましょう。それはどういうことかというと、「自分が死んだ後、形見分けは誰に何をあげるか」や、「自分の財産はどのように分配してくれ」だとか、「自分の仕事をどのように継承してくれ」「お葬式はお金がかからないようにあげてくれ」音楽の好きな人は「音楽葬にしてくれ」お笑いの好きな人は「お笑い葬にしてくれ」だとか。なかには自分が死んだ後、お葬式で流す挨拶のテープをつくる人もいます。
「本日はご会葬誠にありがとうございます。生前はたいへんお世話になりました。また本日は多額のご香典をいただきまして…」こんなテープが流れてきたらお葬式に来た人はビックリしますね。でも、悲しいなかにも人柄が偲ばれ、なんかホッとしますね。自分が死んでも人の役に立っている。そう思うと、死んでも損ばかりじゃないんだと、ちょっとバランスがとれて、対処しやすくなるように思うんです。
 
私どもは、死とは台風と同じと理解しています。台風は必ずやってきますが、台風に備えていろいろな準備・対策をしておけば対処しやすくなる。死というのも必ずやってきますが、死に備えて準備しておくと対処しやすい。これも同じ自然現象ですからね。
 
私も死んだ後、周囲の人のために“多額のいさん”を残そうと準備をしています。本当ですよ。私が準備している“いさん”はこれなんです。太田胃散・540円。(大笑い!)
 
以上申し上げた5つのヒントを日々のライフスタイルとして要約すると、このようになるかと思います。
・今日一日の時間と生きる目的は健康な時も病気の時も同じだと考える。
・それまでどおりふつうの社会人として生き、周囲の人たちの役に立とうとする。
 がんや病気になってもそれまでどおり普通に生きればいいんですよ、という考え方になろうかと思います。

ユーモアトレーニングでNK細胞を強くする

私どもの「生きがい療法」は個人学習が基本です。教材・本・参考書・視聴覚教材を取り寄せて、全国どこにいても自宅で学ぶことができる方式をめざしています。わからないことはFAXやEメールで質問してもらって、それにお答えする。学習会も全国3カ所でしていますが、来られる人は限られますので通信教育のような方法をとろうとしています。そして共同体験学習と申しまして、共通の目標を設定して病気や困難に負けずに取り組んでいく、チャレンジしていく、というようなこともやっています。
 
学習方法は、5つのヒントを学んで理解してもらい、生活で実践したことを日記に記録したり、ユーモアスピーチ・ユーモアトレーニング、イメージトレーニング、似顔絵などの作品を作る、といったいろんな手法があります。今日はこのうちユーモアトレーニングとイメージトレーニングを紹介したいと思います。
 
ユーモアスピーチとは、最初にご紹介したように、身の回りのできごとを題材に2〜5分の短い話を作ります。一週一話を目標に書きためて、ご家族や周囲の人たちに話して一緒に笑いましょう。
(スライドを見て)これは病院の中のユーモアスピーチの発表会です。闘病中の方も皆おもしろい話を一生懸命話し、皆がドッと笑って楽しそうです。いい発表会です。
 
ユーモアスピーチは心理学的にたいへん良い効果があります。話を作るといっても体験談ですから、毎日何かおもしろいネタはないかと、周囲に注意を向けます。何かネタがあると、おもしろく構成しようといろいろ考えますから、創作体験になります。また、この1週間、「話を作る」という目標もおのずからできてきます。話をする段になると、今話をするということに打ち込む、という体験。自分が話をして笑ってもらい、人の役に立ったという手応え。誰でも多くの人の前で話をするときは緊張しますが、そういう心の状態をそのままに、今の目標に一生懸命取り組む。さまざまな心配やストレスに対処する体験学習にもなります。
 
こういう皆さんの笑いを見ていると、笑うと心が前向きになるだけでなくて、血液の成分にも何かいい変化が起きるのではないか、と思うようになってきて実験してみました。
 
吉本興業の笑いのメッカ、大阪「なんばグランド花月」に19人のボランティアの方々に行ってもらい、漫才・漫談・吉本新喜劇を3時間観て、思い切り笑ってもらいました。その直前、直後で血液の成分に変化がないかをみたわけです。測定した成分の一つはナチュラルキラー細胞(NK細胞)の強さです。NK細胞とは、がん細胞が発生するとそれを見つけ出し破壊してくれる、がんに対する防御機能をもった細胞です。NK細胞ががん治療上どんな大きな働きをしているか、という研究がアメリカでされています。それをご紹介します。
 
これから手術する方々の血液中のNK細胞の強さを測定します。そして、NK細胞の強いグループ・弱いグループ・中間のグループの3年生存率を比較してみると、強いグループが80%以上。弱いグループは40%以下。中間のグループはちょうど中間。つまり、手術後の生存率はNK細胞の強さに比例している。がんの治療効果は外科の先生の腕だけじゃなく、手術を受けた本人のNK細胞が強いか弱いかによって大きく左右されるんです。
 
さらに、最近いわれているのは、キラーT細胞です。マクロファージががんの存在を認知し、いろんなサイトカインを出してその情報を伝えると、キラーT細胞が元気になってがんを攻撃する。最近はこの働きがより重要じゃないか、といわれています。ただ、この検査は最近まではできませんでした。
 
笑う前にNK細胞がやや弱かった方は、笑った後は全員正常域に、もともと正常範囲の方もさらに強くなる。おおいに笑うとほぼ例外なく強くなります。
 
もう一つの検査はCD4/8。低すぎるとがんに対する抵抗力が弱い。高すぎると膠原病・リウマチのような免疫異常の疾患になりやすい。笑った後は、低すぎた人は皆高く、高すぎた人は皆低くなっています。もともと正常範囲だった人は横ばいで変化がありません。これはひとつも例外がないんです。大いに笑うとがんに対する抵抗力が強くなり、膠原病・リウマチのような免疫異常も改善される、ということがいえそうです。
 
そういうわけで、ユーモアトレーニングは心理的な効果と同時に免疫学的な効果、つまり心と身体の両面に効果がある、といえそうです。この笑い健康法は非常に便利で、誰でもその能力をもっています。スポーツセンターに行かなくても、特別な道具がなくてもできます。お金もかからない。何よりも副作用がない。(笑)・・・と言いたいのですが、その後の私どもの研究で笑い健康法には重大な副作用がひとつだけあることがわかったんです。それは何でしょう?笑いじわです。瀬川暎子さんが「笑いじわ」を歌っていると、笑いじわが増えるんです。これは如何ともし難い。

イメージトレーニング

次はイメージトレーニングです。最近イメージトレーニングはスポーツの世界でたいへんはやっています。オリンピック選手やプロ・スポーツの選手が、試合に出る前に椅子に座り、目をつむってリラックスし、「これから出る試合でいいプレーをしている。相手に打ち勝っている」というイメージを浮かべますと日ごろの力が最大限発揮できる。
 
この方法をがん治療に応用できないか、と考えたユニークなお医者さんがアメリカにいます。カール・サイモントン博士。イメージトレーニングを導入すると、がんの治療効果がよくなることを見つけました。ただ先生は、イメージトレーニングと免疫機能との関係は実験していませんでしたので、私どもがそれをやってみました。

イメージトレーニングは、リラックスして目の前に良いイメージを約15分間静かに思い浮かべます。「白い砂浜に座って広い海を眺めている。目の前の海が身体の中にも広がっていく。身体の中の海に無数の熱帯魚が泳ぎ回って、がんや病気のもとを見つけ出しては全部食いつぶして逃げていく……」というイメージを展開していく。これだけの単純な方法です。
 
私どもは闘病中の方に1週間に1回、イメージの写生をするように勧めています。画用紙にクレヨンで写生する。週1回写生していると、だんだん魚の方が強くなり、がんが食いつぶされていく。イメージが進歩していきます。
 
ボランティア10名で、イメージをする前とした後のNK細胞の変化を見ると、イメージする前にNK細胞が弱かった方はイメージした後全員強くなっています。もともとやや高かった人もさらに強くなっています。これも例外がない。イメージ・トレーニングはいくつかのバージョン、熱帯魚のイメージ・孫悟空のイメージ・小川のせせらぎのイメージなどがあります。このガイドテープに従って15分間イメージします。これは簡単で、なおかつがんに対する抵抗力が強くなる良い方法だと思います。日本のがん専門病院・大学病院でもこれを早く取り入れてくれればいいのですが、私が知っているのは、唯一東海大学の保坂先生です。
 
病院で教えてくれなくても自分で簡単にできることですから、自分でなさればいいんじゃないでしょうか。
 
さて、ほかにも日常生活のなかで自分でできる、キラー細胞を強くする簡単な方法がいくつかあります。それをご紹介しましょう。
 
ひとつは皆さんが好きなカラオケで歌っている時です。ただし、嫌いな人がしぶしぶ歌うとストレスになってキラー細胞が弱くなってしまいます。また、高齢者の方が毎日化粧を続けますと、キラー細胞が段々強くなってきます。
 
もうひとつ簡単な方法としては、毎日歩くことです。昨年のがん学会で9000人くらいのある会社の社員を16年間追跡調査すると、毎日1時間以上歩いている人とほとんど歩いていない人を比べますと、16年後のがん死亡率が2分の1になりました。いろんな病気での死亡率も2分の1になります。歩くという簡単な運動もキラー細胞を強くする。がんの予防効果あるいはがんの治療効果を上げる、ということがいえます。
 
さて、今度は逆にキラー細胞が弱くなってしまう心の状態です。例えば、悲しみが強くなったり、憂うつが長く続いたり、ストレスが強くなると弱くなってしまう。それらはなるべく短く乗り越えることが必要ですね。
 
ストレスが高い人は免疫力が弱く、低い人は免疫力が強い。中間の人はちょうど中間。たばこを吸わない人と吸っている人との免疫機能の差よりも、もっと大きな差がある。たばこよりもストレスの方が免疫機能に悪影響を及ぼす、ということがわかってきました。
 
数年前に日本のある地域の方々のNK細胞の強さが、何万人も一気に低下してしまう大変な事件がありました。この事実はあまり知られていません。何でしょうか? 阪神大震災です。もう7年目を迎えようとしています。阪大の森本教授が現地の方々のNK細胞を調べたところ、全国平均よりもかなり低くなり、1年後も変わらず、3年後にやっと回復しました。大きなストレスに出会うと1年くらいはキラー細胞が弱くなってしまうんですね。
 
もうひとつ要注意なのは、うつ病ですね。憂うつになるとキラー細胞が弱くなります。先日ある新聞の全面広告に木の実ナナさんが「私はバリバリのうつです」という広告を出していました。これには驚きましたね。「うつ病の新薬の治験に協力してください」という製薬会社のコマーシャルなんですが。
 
うつの問題点は、放っておくと自殺する人が多いことです。もうひとつは、適切な治療を受けている人は8%くらいしかいないこと。大半の人は病院に行かず、自分で治そうと頑張っている。頑張るとますます悪くなる。そういう問題があるんですね。
 
さらに一般に知られていない大きな問題は、うつ病になると免疫力が低下する。キラー細胞が弱くなる。がんに対する抵抗力が低下する。一般人口のうつになっている確率は5%くらいですが、がん治療中の人は確率が高く、45〜55%という研究結果があります。がんの専門病院の多くはうつになっても見逃して、治療していない場合が多い。ですから、家族がよく注意して異状を早く見つけ、心療内科などの専門家にかかって早めに治療することが大切です。最近は抗うつ剤で早く良くなります。

生きがいを実感する共同体験学習

さて、生きがい療法の共同体験学習のお話に移ります。これは一種の実習です。希望する方が参加して病気や困難に負けずに、共通の生きる目標に取り組んでみよう、という試みです。例えば「ゴミ拾いの実習」とか、病院や施設で絵を描く「ペイント・イン」という実習。招かれたら大学に行って一日大学教授体験をする。

(スライドを見ながら)

これは「ゴミ拾いの実習」です。集まった人にゴミ袋を渡して、今から20分間ゴミ拾いをする。一生懸命ゴミを拾っている間は、日ごろの不安・死の恐怖と共存している、という体験をしてもらう。何でも一生懸命取り組んでいると心配や不安と共存しやすくなるんです。そういうことをまず体験してもらいます。
 
これは一日大学教授体験です。先日岡山大学で5人のがんファイターズが教壇に登場して、一日教授をしました。自分ががんやいろんな人生の困難を乗り越えた体験を話すと、若い学生たちのこれからの人生におおいに役立つ。また、生と死の問題を考える機会にもなります。先ほどのヘルパーセラピーですね。
 
これは病院で絵を描く実習。国立がんセンターです。外部からがん闘病中の方々がボランティアで来て、絵を描く準備を手伝います。そして入院中の方々に絵を描いてもらいます。車椅子の方や小児がんの子供や付き添いのお母さんが一生懸命描き、真っ白なボードが見るみるうちにアフリカの草原の動物の絵にし上がっていきました。
 
これは聖路加国際病院でのものです。ロビーにキャンバスを置いて入院中の人に車椅子で来てもらい、なかには高カロリー輸液をしている人・酸素吸入している人も降りてきて絵を描きます。作品を作ることによって人の役に立つ、という体験をしてもらいます。
 
今から14年ほど前になりますが、ヨーロッパ最高峰にがんの方々と登山をしたのも共同体験学習のひとつでした。山好きの方からそういう提案がされ2年計画で準備をして臨んだわけです。4807mもありますから、富士山よりも1000mも高いです。夏でも雪と氷に覆われていますから、たいへん困難な登山です。5回くらい死の危険に直面しました。9人のプロのガイドに同行してもらい、指示どおりに行動しました。3泊4日の登山ですが、頂上をめざす8月23日は夜明けから猛吹雪になってしまいました。大部分の人は頂上間近で記念写真を撮って山小屋に引き返しましたが、3パーティーが頂上に行くことができました。がんの方が3名いらっしゃいます。頂上は猛吹雪で猛烈に寒い。髪がまたたく間に真っ白になり、まつ毛まで凍りついてしまう。こんな悪条件でよく頂上まで行ったと、いまだに信じ難い思いです。でも、人間はいざとなるとすごい力を発揮するものですね。2年間この生きる目標に向けて取り組んできたことが予想外に大きな力を発揮させてくれたのではないだろうか、と思っています。
 
この登山に参加した7名のうち2人は進行がんでしたから、登山から1年6カ月と1年10カ月で亡くなりました。あとの方々は今も元気で、毎日ボランティア活動や趣味やスポーツなどで忙しくしていらっしゃいます。椚さんはご存知の方も多いと思いますが、「どんぐりの会」を始めた方で、頼まれればあちこち講演に行ったり、闘病者の個人相談にのったり、最後まで前向きに生き、社会に貢献されていました。Kさんは、6年前の阪神大震災の際、長田区在住でしたから家屋が全壊し下敷きになりましたが、何とか這い出して避難しました。そして、4年前に学校を定年退職され、その後ボランティアの日本語教師として中国へ1年間行かれました。3回も死の危機に直面し、それを乗り越え、ボランティア活動を続けていらっしゃいました。
 
この登山は何とか無事に終わって、国内で好意的に報道されました。全国の闘病中の方々から手紙をいただきました。共通しているのは、「私は今まで病気の心配ばかりして過ごしてきました。でも、この登山のニュースを聞いてから自分の人生のモンブランは何だろう? と考えるようになりました。そうするとだいぶ元気になってきました」というものでした。たった7人の体験学習にすぎなかったのですが、結果的には随分たくさんの方々の間接的な体験学習になりました。
 
もっとも、登山中に誰かがけがをしたり、場合によっては命を落としても不思議はなかったほど危険な登山でしたから、もし事故が起きていたら反響はどうだったか。ごうごうたる非難だったと思います。朝のワイドショー・午後のワイドショーで非難されたでしょう。(笑)
 
ちょっとうまくいくと持ち上げる。事故があればボロクソに言う。あまりにも勝手すぎるのではないか、と私は思います。健康な人でも生きがいでモンブランに登ってけがをしたり死んだりします。でも、誰も非難しません。がんの方でも何か生きがいに取り組む場合、そのなかで起きたことは本人の問題なんです。周りが口をはさむことではないと思います。


日本列島徒歩縦断!

さて、もうひとつの共同体験学習を紹介します。主人公は若手の落語家で笑福亭小松師匠です。
 
39歳の時に進行性の胃がんになり、胃と脾臓を全摘、膵臓・肝臓・胆のうの一部を切除しました。がんということを知り、しばらくは落ち込んでいたそうです。ある時小学生の男女2人のお子さんが、お父さんが落ち込んでいるのを見て自分たちも悲しそうにしていた。それを見てハッと気がつきました。「今、父親として自分がすべきことは、父親が人生の困難に直面してどのように対処したかを子どもたちに教えることだ」と。心機一転して「何か大きな目標をもつことによって困難を乗り越えよう」と、「鹿児島県庁から北海道庁まで徒歩で日本列島を縦断しよう」というとんでもない計画を思いついたんです。そして、術後1年の2月、鹿児島県庁を出発してたった一人で北に向かって歩き始めました。3月中ごろ倉敷を通りかかりまして、私の病院へ寄られました。私は早速お願いをしました。「師匠、病院の中で落語会を開いてください」。入院中の患者さんたちに集まってもらい、1時間おおいに笑い、自然治癒力を高めてもらいました。師匠は道中19カ 所で「がん克服落語会」を開きながら北上し、6月26日、ついに赤レンガの北海道庁に到着しました。たくさんの人が出迎えました。「がんに克って日本縦断おめでとう!」。師匠の行く先々で生きがい療法の関係者やがんと闘病中の方々が応援にかけつけ、「日本列島縦断」を間接的に体験させてもらったんです。多くの人に勇気や励ましを贈ってくれたと思います。
 小松師匠はその後元気で、昨年は文部省主催の芸術祭に参加、演芸部門で優秀賞を受賞しました。頼まれれば病院に行ってボランティアで講演をし、看護学校で話をし、大学へ行って一日教授をするなど、忙しく過ごしておられます。そして、今年の夏は日本・ニュージーランド文化交流でニュージーランドに招かれて、英語落語を披露したんです。英語落語を入れてもらったテープを半年間、何度も何度も聞いて覚え、現地の人に通じる英語で“口演”をして、たいへん好評だったそうです。
 
現在、師匠は最初の手術から4年8カ 月経ちました。医療関係者は、「あんな大手術をした後わずか1年でこんなハードな旅をするなんて、疲労困ぱいして再発が早いのではないか」と心配していたんです。先日師匠が、私どもの病院に寄られたので「師匠、免疫ドックの検査を一度してみませんか」と言いました。
 
採血して免疫ドックの本部へ送ると、免疫系の検査が6項目くらいできます。がんに対する抵抗力のレベルがわかる、日本で唯一の医療機関です。全国の契約している病院で検査をしてもらえます。それを利用して師匠に検査をしてもらいました。NK細胞は正常、中程度。インターロイキン12とかインターフェロン・ガンマーなどは正常値よりもはるかに高いんです。これは驚きました。今まで検査をした人で、これほど免疫が強い人は初めてです。やはり、がんになって心機一転して生きる目標に懸命に取り組み、社会の役に立っている、ということが精神的にいい効果を生んでいるのではないか、と私は嬉しく思います。
 
師匠に「次の目標は何ですか?」と聞いたところ「中卒の私が英語落語をするんですから自分でも驚いてますよ。でも、半年間英語の勉強をして、何か勉強をする楽しさがわかってきました。今度は定時制高校に入学しようか、と思っています。来年の4月に」。すごいですね。

アメリカから「がん克服・日米合同富士登山」の提案が届く

登山をがん治療に取り入れているのは私どもだけかと思っていましたら、モンブラン登山の8年後にアメリカからこんなニュースが届きました。アメリカの乳がんの人ばかり17人が、南アメリカ最高峰のアコンカグア(6960)に挑戦した、と。全員が頂上間近まで行き、3人の女性が頂上に立ちました。その1人は骨髄移植による超大量化学療法を受けた無菌室からの生還者でした。この登山を主催した団体から私どもに3年ほど前に提案が届き、富士登山の計画につながりました。2000年の記念すべき年に米国から80名のがん闘病中の人と家族が来日し、日本のがん闘病中の人と一緒に登山をしませんか、というものです。15団体に相談を持ちかけて「日米合同富士登山実行委員会」をつくり、2年計画でその準備を進めたわけです。
 
参加者を全国公募しました。140人が申し込まれ、全国6カ 所に分かれて各地で月に1回、1年間、合同トレーニングをしました。低い山から始めて、だんだん高い山へとレベルを上げていく。そしていよいよ8月21日、富士宮口5合目を出発したのは、闘病者約200名、ボランティア・医療班等、総勢400名の大パーティー。乳がんの多発性骨転移で歩くのも不自由な方が、車椅子で息子さんと一緒に5合目まで見送りに来てくれました。これも立派な参加です。声援を送り皆さんと握手してましたね。
 
途中で膝を痛めた人には治療したり、呼吸困難になってしまった人には酸素吸入の処置をするなど、医療班も大活躍でした。8合目に夏山診療所がありますが、この時期には閉鎖しているので、3日間ここを借り切って医療器具・酸素ボンベ・点滴などを持ち込み、体調の悪い人はちょっと“入院”してもらって治療するなど、万全の態勢を整えました。幸い重大な事故とか病状には至らず、全員が8合目まで登り、うち90%が頂上まで行きました。これは実行委員会の誰の予想をもはるかに上回った結果になりました。7、8合目の2つの山小屋に400人が行きましたから超満員です。朝、早い人は3時、遅い人でも5時には小屋を出発して頂上をめざし、朝日を浴びながら登りました。東にはご来光が、西の空にはきれいな影富士が見えました。
 
この登山隊のなかで私が病状を詳しく知っている人はごく一部でしたが、「とても頂上までは無理だろう」と思っていた人が頂上に立っているんですね。両方の乳がんの手術をし、さらに最近再発して化学療法している女性も、ご主人と友人に付き添われて頂上まで行きました。
 
このご夫婦は、夫人が10年前に右、5年前に左の乳がんを手術して、最近首のリンパ節に転移したので東海大学で骨髄移植を伴う超大量化学療法を受け、無菌室から2年前に生還した人です。ご主人は1年前から「来年は妻のサポート隊で一緒に頂上に立つんだ!」とはりきって月1回の合同トレーニングに毎回参加していました。ところが11月ごろ、このご主人が青い顔をして私のところに相談にみえました。「実は健康診断で大腸がんが見つかりました。これから手術をして富士登山に間に合うでしょうか?」……(笑)
 
ふつうなら「大腸がんになったから富士登山をやめます」と言うでしょ? ところが、登山ができるかどうかを心配してるんです。私が「10カ月もあるから十分間に合いますよ」と言ったら大喜びで、大急ぎで手術をして、また2月から合同トレーニングに参加し、夫婦そろって富士の頂上に立ったんです。
 
それからもう一人紹介しましょう。最年少9歳の男の子です。赤ちゃんの時に網膜芽細胞腫になって両目を失明しています。小児がんの闘病者であるとともに重度の障害者で、二重の困難を抱えています。でもお父さんが「将来、自分で生きていけるようにいろんな体験をさせたい」と申し込み、月1回の合同トレーニングに参加してついに富士山頂に立ったんですね。ところが今年の8月、この子から私にFAXが来ました。「去年富士山に登ってからすっかり山が好きになって、この1年間に20回いろんな山に登りました。そして8月にはついにまた富士山の頂上まで登りました。今回はお父さんだけではなく、お母さんも一緒に登りました。親子3人で富士山の頂上に立ちました」この子にとっても登山が生きがいになって困難を乗り越えていく役に立っているな、と思っているわけです。

「生きがい療法」の医学的裏づけ

心理学的方法あるいはライフスタイルの修正でどんな効果があるか、私なりにいくつか感じているのですが、まず第1に、多くの人が恐怖に対処するのがじょうずになります。2つ目は、日々の生きがいレベルが高くなります。3つ目は、これが私の一番の関心事ですが、身体の治療効果がよくなるのではないか、ということです。生きがい療法を実践している方々が予想外に元気で長生きしているのは事実なんですが、これを医学的に証明するのはとても難しいことです。ところがこれをアメリカで証明した実験が2つあるんです。それを紹介します。
 
ひとつはカリフォルニア大ロサンゼルス校の実験で、メラノーマという皮膚がんの手術をしたばかりの方を、通常の治療グループとプラス思考の心理的なトレーニングを加えたグループとに分けました。6年目の再発率を比較しますと心理的療法グループは再発が半分、死亡率は3分の1、というデータが出ました。
 
もうひとつ、進行がんの場合どうなのか。これはスタンフォード大学の研究ですが、乳がんであちこち転移している方々を2つに分け、1グループは通常の治療だけ。他方は心理療法も行った。結果、心理療法を加えたグループは生存期間が2倍延長することがわかりました。進行がんでも心理的な要素は治療効果に影響する、と考えられると思います。ですから先ほどのデータが語っているように、がんの方々の生存率・再発率は外科の先生の腕だけが決めているわけではないんです。その後6年間その人がどんなことを考え、どんな生活をしたかによって、再発率が半減するわけです。そういうことをもっと外科の手術後の治療に取り入れることが大事だと私は思うんです。
 
最近、心の働きががん治療効果にいい影響を及ぼす、という説に基づいて「ウェルネス・コミュニティー」というプラス思考の学習団体が世界各国で活動を始めました。日本では日赤の竹中先生が「ジャパン・ウェルネス」を立ち上げ啓発を始めています。
 
また、世界最高のがんセンターといわれている米国のスロンケタリングがんセンター(ニューヨーク)でも、森田療法をベースにした生きがい療法によく似たシステムの心理療法を過去8年間、医療ソーシャルワーカーが中心になって行い、心理面、およびQOLの向上に効果が出ているということがわかりました。この間の9月11日の事件の後、心配ですぐにニューヨークにFAXをして安否を尋ねたところ返事が来まして、元気にしているそうです。そして身体の治療をする医療関係者や、心理面をサポートするボランティアを募集してきて、私も応募して活動に取り組んでいます。
 
アメリカでは災害であってもけがの治療だけでなくて、すぐに心理的な援助にも取り組みます。私は、がんのような病気になった場合にもすぐに心理的な援助を同時にしていくことが治療効果を高めるんじゃないか、と思うわけです。
 
私は、今の日本のがん医療は「煙管(きせる)」のような構造になっている気がするんですね。煙管は両方の端が金具でそこだけが光っている。がんになって初期の治療・手術など、いろんな集中的な治療をする。それ以後何年間かは、精力的な治療はされず、再発していよいよ悪くなってからの末期の緩和医療とかホスピスケアに取り組む。これはまた比較的注目されています。この中間の時にこそ免疫力を強くしたり、心理面の援助をしたり、いろいろアドバイスが必要だと思うんです。それをやりますと、再発したり、煙管の端までいかなくてもすむ場合が多いんじゃないか、と私は思うんです。現状では再発予防の対策は当人たちで勉強していくしかないというのが実状じゃないでしょうか。

(イーデスハンソンさんと2ショット写真のスライドを見ながら)
「今日の私のお話はいかがでしたか?」
「ええ、なかなかおもしろくってよかったと思 いますですよ」
「じゃあ、もうちょっとお話しましょうか?」
「いや、もうイーデス。」(笑)
 ご静聴、ありがとうございました。(拍手)




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