---第20号特集記事---


がん告知

― 患者の尊厳と医師の義務 ―

竜 崇正氏 ( 千葉県立佐原病院 院長)



今日は、私が医者・看護婦の教育用に作ったスライドを使ってお話します。患者さんに聞いてもらうのは、今回が初めてです。私たちのやっていることが、患者さんの立場からもいいことなのか、ぜひ教えていただきたいと思います。

実は「がん告知」という本を出しました。患者さんにがんの病状を説明するときに守るべきものは何か、我々医者の立場ではなく、患者さんの人権であるということを貫き通して書きました。本の内容を含めて、私たちが患者さんにどのように病状や治療法の説明を進めていくかについて話したいと思います。

また、当院では現在、入院患者さんには週1回カルテを配り、外来でも自由に見てもらうようにして、“オープンな病院”を心がけております。



まずは職員の意識改革

着任以来、職員の意識改革に取り組みました。医療というのは人類に奉仕する職業であり、そういうことがやりたいから選んだはずなんですね。その原点に返り、何のために仕事をしているか、ということを考えればおのずと明らかになります。「心あたたかで質の高い医療を提供する」「インフォームド・コンセントと情報開示」をめざす、レベルの高い医療を提供するためには「日々の修練・研修・学会活動の充実」が必要です。

また、救急患者への対応は、普通の病院では医者に連絡して確認をとりますが、私は医者の意向は確認しなくていい、「わかりました、すぐに来てください」と言うように指示しています。すべての患者さんを断らずに診る。診て、当院で手に負えない場合は、他に搬送すればいい。ただちに診ることで、時間がだいぶ節約される。大体、月1000人くらい、千葉県救急センターの約5倍位の患者さんを診ています。医者は夜ほとんど眠れない状況になっています。その代わり、「休んでいい」と言っています。

次に「セクショナリズムを廃し、各部門が協力して医療に当たる」ことを打ち出しました。受け持ち医はもちろん必要ですが、おかしいと思ったら、「手も口も出してオーダーを代えてしまえ! 変な医療はやらせるな!」と。

私が行くまで病院は経営不振でした。入院待ちの患者さんが何人もいるのに病棟は空いている。小児科などは季節によって増減がありますからしょうがないんですが、それなら大人を入れればいい。「一病院が一つの病棟である」という意識改革で、機能的に患者さんを受け入れることができるようになりました。

「情報開示」は病とともに生きる時代の必然性

【症例1】
今、がんの治療法はいろいろあって、それ故にインフォームド・コンセントが大切です。これは胃がんの患者さんで、内視鏡で中を見るとリンパ節転移があるわけです。皆は「手術しよう」と言うんですが、たぶん取りきれないでしょう。患者さんがどうしても手術をやってほしいと言われればやりますが、この場合は抗がん剤をやる。すると、ごらんのとおりがんがみごとに消えてしまいました。この人は血を吐いて、ショックで血圧が測れない状態で運ばれてきて、「ただちに手術する」というのを私が反対しまして、患者さんは意識がなかったわけですが、化学療法をしました。

【症例2】
これは食道がんの患者さんですが、こういうひどいがんの方も、放射線と抗がん剤をやることによってがんを消すことができる。CRといって完全にがんがなくなってしまう。手術に代わりうる治療もある、ということですね。

【症例3】
これは胆管がんの患者さんです。がんというのは、基本的には年寄りの病気です。「人生50年」といわれていた間は、結核とか栄養失調・感染症などで死亡していました。がんは遺伝子の異常といわれていますが、遺伝する病気という意味ではなく、細胞の遺伝子が分裂をして複製を作っていくわけですが、年をとっていくと一部複製を刷り損なってしまう。刷り損ないの遺伝子を持った細胞が増えるとがんになるわけです。長生きをすると、刷り損ないの遺伝子が出てきて当然なんです。がんははやるわけではなく、人類が生きていくうえでの必然なんです。ですから、あなたも私も運がよければみんながんになる、ということです。(笑)

この方は80歳で、ご本人は「もう手術はやりたくない」と言われ、結局黄だんを取る管の中から放射線をかけ、そのあと管を抜いて普通の生活に戻られました。この方法で、5年以上生きられた方もおられますが、とりあえずは1、2年、緊急の状態から脱することができ、通常の生活に戻れればいいんじゃないか、と。手術以外でこういう方法もあります。

【症例4】
胃がんです。内視鏡でよく診ると内腔に盛り上がっていて一部にがんがあるだけ
です。これは早期のがんで、腹腔鏡・カメラでの手術が可能で、小さい傷ですみます。普通胃がんの手術は4~5時間かかりますが、腹腔鏡だと3時間くらい。翌日から歩けます。入院期間は13日ほど。日本は保険システムが発達しているので、一度入院するとなかなか早く帰りたがらないんですが、1週間でも帰れます。同じ手術でも、お腹を大きく切らなくてはならない場合もあれば、カメラでできる場合もある。カメラでやる場合も、合併症やトラブルはあり得ますので、それもきちんと話さなければならないと思います。

私は肝臓が専門ですが、コンピューター上で手術をやるわけです。でき上がりがこのようになる。ほかの切り方だともっと違う映像になるわけです。術前にシミュレーションをして、頭のなかでよく計画を立ててやると、手術も比較的短時間にできる。これは、肝静脈のところですが、術前の計画どおりに手術ができた、ということです。

このように、がん治療に関しては選択肢がたくさんあるわけです。がんになって、手術できなかったらすぐに死ぬ、というのではなく、いろんな治療法があって、人生設計のなかでいくつかの治療法を選ぶことができる。そういうなかで、情報開示が必然になってきたわけです。

かつては感染症が主体でした。だから選択肢も限られていて、足が化膿したら切断する。相談しなくても、医療従事者の方で判断してもそれほど問題にはならなかった。ところが、長寿社会になって、「生活習慣病」ということになってきました。脳卒中になってから高血圧の治療をしても遅いわけです。だから、症状のないうちに高血圧・高脂血症など、自分の身体の状況を知り、治療をする、という時代なんです。がんだけが特別じゃなく、自分自身の身体について、情報開示されていなければ健康は守れない。糖尿病もその典型で、自分の状態を知っていれば食事などで本当の糖尿病に進展させないですむわけです。そのように、患者さんが症状を理解しない限り、治療ができない時代になってきている。これが背景にあるわけです。

「がん告知」は患者の人権尊重の立場で

ここから「がん告知」です。インフォームド・コンセント―説明を聞いて、納得をしたうえでの同意。私は「告知」という言葉はいいとは思いませんが、非常に重たい言葉だと思います。

30年くらい前、千葉大にいた時の話です。ある患者さんが「私はしっかりしている。自分のことは自分で決める」と言われていたものですから、勇気を振り絞って「あなたは“がん”だから手術をする必要がある」と言いました。すると患者さんは、泣いて「妻と家でいろんなことを考えてみたいから、外泊させてくれ」と言われ許可しました。約束の日までに帰って来てくれなかった時は、もうこれでクビだと思ったんですが、幸い翌日に奥さんと一緒に帰ってきてくれました。

早期がんだったのですが、やっぱりショックが大きかったのです。実際に千葉大の新病院ができたころ、トイレの中で横になって首をつって自殺された方がいます。「誰が外来で“がん”と言ったんだ」と問題になりました。昔の医者が意識が低くて言わなかったんじゃなくて、そういう時代・社会的背景があったのです。

現在では、インフォームド・コンセントとか、がん告知というのは当たり前になりました。私が医者に言ってることは、がん告知というのは医者の責任逃れのためでなく、患者の人権尊重のために行うべきであるということです。自分の生命に関する情報を与えられないまま、治療方法が他人によって決定され、運命が決まるのは人権侵害である、と考えています。

無意識に専門用語を用いていることが多く、これが患者さんが内容を理解できない原因のひとつになっています。口だけでなく図を描いてわかりやすく、納得されるまで何回も言う。段階を踏んできちんとうそをつかずに言う。また、1対1じゃなくて、患者さんは家族と同席で、医療者側は医者と看護婦の共同で行う。プライバシーに配慮して、ベッドサイドでは言わない。電話で説明すると誤解を招くので必ず対面して行う。

そのうえで、告知後の患者さんの不安を取り除く十分なケアが必要です。告知の正否は告知後のケアにかかっています。予後告知ですが、私たちは占い師ではありませんので、病状については話しますが、何日生きられるか、ということに関しては分けて考える必要があります。

告知の基本は「がん」と告げること

告知の基本ですが、「悪性」ではなく、「がん」であると告げることが原則です。

まず告知するかどうか。がんであることを知る権利は患者さんにありますが、知らずにいる権利もあります。外来で予診表を渡して、正式な診断名、がんかどうか、今後の見とおしについて知りたいかどうか丸をつけてもらいます。患者さんが自分の意思を明らかにしない場合は、家族に遠慮している場合も多いので、家族同席で本当の気持ちが言いやすいように配慮します。家族が反対しても本人が知りたい、と書いてあれば、基本的には話しています。実際には家族の反対を無視して言うことは、こちらにも勇気のいることで、家族をできるだけ説得します。

また、家族に心配かけたくないから自分だけ聞きたい、という人もおられます。それもご本人の意思なのですが、患者さんにだけ話して家族が知らないのでは、病状が悪くなったとき、隠し続けることができなくなってしまうので、家族の方も最初から知っているというのがベターです。

「私はどうせ家族に面倒を見てもらうから、息子や嫁のいうとおりにします」という人もいますが、病気になってすぐに治ればいいんですが、そうじゃない場合長続きしません。「私は具合が悪いのに、何か隠しているんじゃないか?」と疑心暗鬼になってどんどん悪いことだけ考えるようになってきます。だから、真実を言って、いろんな治療法があることを示し、信頼関係を作っていくようにします。

告知をうけた当初は「自分が病気になるはずがない。何かの間違いだ。誰かのせいだ」と思うようです。悪質なのは、「あなたの前世の行いが悪い」といって壺を売りつけたりして、人の弱味につけこむことです。(笑) 我々職員に向けて一時的に憎悪が向けられるのは仕方ない。恨まれても患者さんがラクになってくれれば、そのあとフォローしていけばいいのです。親身な態度と時間が解決してくれます。

前の主治医が十分な告知をしていない場合が問題になります。それを非難すると、患者さんも医療不信になってしまうので、あまり悪口を言わない方がいい。情報開示されているのがいいか、説明されていなかったのがよかったか、こっちが親身になってあげさえすれば、評価してくれます。

告知をしない場合とは、患者さんが望まない場合、理解できる状況にない、痛みのコントロールができていない、意識がない、痴呆で全然コンタクトがとれない場合などです。緊急事態には、ただちにあらゆる手段を駆使して患者さんの救命に当たるのがまず先で、そのあとでゆっくり説明する。

告知の場所は、プライバシーを守るということで別室で行ったりしますが、なかなか部屋の確保が難しいのが現状です。うちの場合は、そういう部屋でやる場合もあるし、看護婦さんの勤務室でやる場合も実際に多いです。他人がいるところでは、絶対やりません。

進行度に応じた告知のありかた

告知するときに考えておくべきことは、どういう状況のがんなのかということです。ほとんど良くなるような早期がんなのか、中程度の進行がんなのか、肺がんとか膵臓がんのように手術しても助からないものなのか、手術ができないものなのか、再発したものか、もう末期で治療手段が全くないか、それに応じていろいろなごとを考える。対症療法しかない場合もたくさんあるわけです。

●早期がんの場合
これがまた問題なんです。早期がんだといってもいろんな状態があるので、疾患に応じてきめ細かく説明することが大切ですし、早期がんと診断しても実は進行がんである場合もあるので、そのあたりの情報も提供しなければならない。従来の手術法・腹腔鏡下の小さな手術・カメラを飲んで焼いて切ってしまう方法など、いろんな治療法があります。

早期がんという手術前診断でも実は進行がんだったということもあり得るわけです。一番わかりやすいのは、逸見さんの場合です。あのときは、医者が非難されていましたが、非難される筋合いのものではない。そういうたちの悪いがんだった。顕微鏡検査で見ても、細胞がバラバラに深く静かに入っているようなものはわからない場合もあります。99%早期がんは当たりますけど、はずれもあるんです。我々医者の身を守るためにも、「早期がんといっても100%ではない、しかしながら、ほとんど治るがんだ」と説明します。

進行がんの場合
進行がんの場合は、治る率は胃がんで60%くらい、肝臓癌も50〜60%くらい。半分くらいの方は治ります。でも、膵臓がんだと10%も治らない。反対に乳がんだと95%くらいは治りますけど、10年、20年後に再発しますし、治るが故に忘れたころに再発し、女性であるが故に悩みは大きいわけです。放射線とか、抗がん剤などは、がんだということを説明しないでやる、ということは基本的にはしません。副作用によっては、死に至ることもあるからです。抗がん剤を使っていると、ある時期を過ぎると白血球・血小板が下がり、そのあと、いくらやってももう戻れない、というラインがありますので、やり過ぎは禁物。そのことを患者さんも承知していると、体長の変化を早く教えてもらえ、データ−を見ながらただちに治療をやめることができます。

切除ができない場合、どのような治療があるのか、どういう目的でどれくらい効くのかなどを話し、相談しながらやります。もうひとつ、我々の方で気をつけなければならないのは、予後不良であること、なかなか治らないことを強調しすぎて、患者さんが絶望に陥って闘病意欲をなくすことがないようにということです

● 末期がんの場合
告知をすることにより患者が残された時間を有意義に過ごすことができるかを判断することが大切で、全身状態が不良で、呼吸も苦しい状態ではもう告知の意味がありません。今までがんの治療を行ってきて、再発や進行してきたりした場合には、早く教えてあげないといけないと思います。その場合、すでに人間関係は構築されておりますので、家族の考えも本人の考えもわかるでしょうから、少しでも早い方がいいと思います。

それから、無駄な治療はしない。勝てない勝負はしない。抗がん剤も効きもしないのにやることはしない。何もしないということは、実は患者さんにとっては辛い選択です。私が以前いた国立がんセンターにはホスピス病棟があり、そこでは何も治療はせず、対症療法だけでした。「あそこには行きたくない」という人もたくさんおられて「行きたい」という方は15%だけでした。あとはやっぱり何かをやりたい。

何かとは、民間療法とかいろいろありますが、何かをやりたいというのも真実です。その場合こちらがお勧めするのは、なるべく副作用がなくてお金もかからないものがいい。そういうものなら何をやっても構わないと思います。結局は本人が死を受け入れるプロセスを一緒にお手伝いする、ということなので精神安定剤的治療があってもいい。しかし医療側としては、これが効くという幻想は捨てておかなければならない。患者さんは信じていただいて結構なんです。(笑)

どのくらい生きられそうか、などの予後告知は、検査の説明のなかから患者が望む場合だけ行っています。自分がいつ死ぬか誰にもわからないから人間やってられるんで、私たちはやがて病気になって死ななきゃならないことはわかっているんです。ただ寿命が限られてきた場合には、ある程度のスパン、1年くらい先にはいなくなっちゃうかもしれないから、いろいろ準備しておいた方がいいという頭は皆さんあると思うんです。私はこのようにやってますが、皆さんがどう思うか教えていただきたいです。

告知後のメンタルケアの大切さ

告知後のケアが大切で、ここがまだダメなんですね。特に私のような体育会系の人間は、「頑張れ! 頑張れ!」と言っちゃうんですね。「頑張れ」はよくないらしいんですが、私はこれしか手段がないもので、手を握って「頑張ろうぜ!」としかできないんですが、静かにお話をきくというような精神科的なメンタルケアのいろんなテクニックを取り入れていかなければならないと思っています。

患者さん自身も精神科にかかることには大きな誤解があって嫌がります。精神科の医者は人の話を聞くのがとてもうまく、1時間でも2時間でも聞いてくれます。実際にお話を聞いてもらうだけで違います。いろんな人たちと一緒にやっていかなきゃならない、ということです。

また、患者さんは医者には強がって話さなくても、看護婦さんには本音を出すこともあるので、いろんな人の目で患者さんの状況を見て判断することが必要です。それから、がんの患者さんの30%がうつ病、うつ状態になっている。人間はだいたい躁うつ気質なんで、落ち込んだり明るくなったりしていますが、うつ状態のときというのはわからないんですね。元気すぎるときがあぶない。普段と違うかどうか、ということを家族の方と一緒にケアしていく。

うつ病というのは薬を飲むと治ります。分裂病とは違い、治らない病気ではないんです。早く見つけることが一番大切です。大うつ状態のときに自殺をされる場合があります。治るのに自殺しちゃったらもったいないです。次がもうないわけですからね。

治療法の選択肢と同時にプロとしての見解を示す

今はどういう治療法があるのかを十分説明しなければならない。それから、副作用や当院での外科の治療成績、うちではどのくらい治るかを話さなければならない。患者さんが他院の意見を聞きたい場合も検査資料を提示して協力する。他院での治療を望む場合は、「治療後のケアはいつでも戻ってきていいからね」と言って安心していただく。
私が赴任するまでは、病院が経営不振だったために、患者に「よそに行ったら二度と診ない」なんて言ってたそうです。(笑) 自分が病気になったときにこの病院にかかりたいかどうか、これでいいのかと考えれば簡単です。

治療に関しては、本人の自己決定権を尊重する必要があります。しかしながら、患者さんはプロじゃないから「治療法をあなたが決めなさい」と言われてもわからないのが普通です。我々は治療のプロとして「私自身はこれがいいと思う」と言うべきだと思います。その方法が「嫌だ」というときには、「別の先生の意見を聞いてごらんなさい」というやり方が本当で、いろんな方法を並べて「どれにしますか?」というのは邪道だと思います。

また、患者が間違った意見をもっている場合は、おかしいと言うべきです。プロポリスを飲んで治るとか、何を飲んで治るとか、根拠がないんですから、そういうものは絶対反対して「あなたはこれでしか治らない。これをやるべきだ」と言わなければならない場合もあります。患者さんが選んだのだからいい、というものではない。

抗がん剤だって、治るがんには「これでしか治らない」とちゃんと言わないとダメです。患者さんが納得しない場合は、「他の医者も同じことを言うと思うから、聞いていらっしゃい」と言います。患者参加型医療にならないといけない理由はそこにあるんです。患者さんが選ぶわけですが、我々の側も選んでいただくだけのものを出さないといけないんです。

治療法には、標準的になっている皆が認める治療と、そうでない治療があります。スタンダードとして確立されていない場合、基本的には実験・研究というような治療になります。その場合は、この治療はスタンダード治療ではない、まだ評価もされていない、ということをはっきり説明し、「私としては、こういう治療をやってみる価値があると思う」と提示し、患者さんの同意が得られればやります。このひとつの例が治験です。スタンダード治療がない場合、すべて情報開示したうえでやることがあります。もちろん患者さんは断る権利があります。

種痘を一番初めにやった人は勇気がありましたよね。誰かがやらない限り治らないわけで、天然痘がなくなったのは、種痘のおかげです。その時は治らなくても、一つひとつが先人のご苦労によって、克服されていく。最初は実験だったり治験だったりしたんです。そういうところをきちんと分けて話さなければならない。

情報開示・病状説明の実際症例を通して

佐原病院で実際行っている情報開示・病状説明の仕方をお話します。同居人がどなたで、キーパーソンが誰かは、看護婦が聞きますが、病名などは医者の方で言い、その後、告知してどうだったかを我々なりに評価し、コンピューターに入力します。告知後の精神状態は「良好」とあっても、患者さんに聞いてみたら「あれはやせ我慢だった」と言うかも知れません。動揺しなかったか、病状を理解しているか・していないか、など一応評価します。

【症例5】
この方は、最初は「膵臓がん」ではなく、「膵頭部に腫瘍がある」ということで入院してもらいました。検査後「実は膵臓がんでした」と告知しました。膵頭・十二指腸切除となりましたが、現在膵臓がんは再発することなく元気でおられます。

最初から二重写しの説明用紙を用いて、1枚をカルテに、1枚を患者さんに渡します。入院のときは「腫瘍」ですが、なるべく早く「がん」をお教えしています。告知した翌日、もう一度がんであることを話し、普通のがんではなく膵頭がんで手術はこんなふうにやります、と絵を描いて説明します。看護婦さんにも同席してもらい、看護婦さんのサインももらいます。

【症例6】 
この方は、80歳の胆管がん。黄だんでやって来まして黄だん軽減の管(PTCD)を入れました。患者さんに対しては「胆管がんで切除ができる」と。3回くらい説明をして、初めは「年寄りだからもう手術はしない」という考えだったんですが、治りそうながんだったので、私が手術の方向へもっていくように話をし、迷われた末、手術をすることに決めました。普通だと3〜4週間で帰られるんですが、やはり80歳ですから少し慎重になりました。手術時間は5時間で出血は900cc。輸血もせず、退院されました。

これは手術前に行う検査なんですが、胆管から管を入れて造影剤を入れると、がんや胆管が立体的に把握できます。がんが肝臓には行ってなくて胆管だけ取ればいい。今は術前のシミュレーションができますので、このようなことを患者さんに話して手術を勧めました。黄だんがとれるまでに時間がかかりますから、その間「がんである」という話から始めて、ゆっくり何度も話をし、一番いいラクな治療法が手術なので、最終的には手術のやり方を説明して、患者さんが納得したらやる。

【症例7】
肺がんの方です。肺がんで以前に手術をして、私が赴任してきたときに呼吸困難で入院してきました。肺がんの再発で気管が圧迫されているので「放射線と抗がん剤の併用で治療しましょう」と説明しました。その当時新聞で、ヒステリックに「抗がん剤を浴びるとがんが治っても抗がん剤で死んじゃう」というのがありまして、患者さんはだいぶ迷われました。でも、「もう迷っている場合ではない。

呼吸困難で苦しくてしょうがないから、とにかく早くやろう。副作用が強かったらいつでもやめられる」と説明して納得してもらいました。1カ月間患者さんはひどい副作用がありまして、個室で死線をさまよいましたが、その後みごとに復活して2年経ち、再発もなく外来に通っています。

これが説明したときの紙で「化学療法はダメだったら中止する」と書いてあります。赤い矢印のところ、ここにがんがあり周囲を圧迫していました。これがきれいに消えてほとんどなくなっています。肺がんでこんなに効いた人というのは見たことがないんですが、こういうこともあるんです。

この方が何で死にそうになったかというと、虫歯です。歯のケアも大切です。それからは入院したら歯がピカピカにきれいになって帰る、というふうにしようと、千葉大から歯科の先生に来てもらって口腔ケアをしています。ところが、病院のなかで意識改革がまだ十分なされていず、なんとなく皆忙しくて忘れてしまうようで、歯を徹底的にやるというのは私が言っているだけで、病棟で希望者がいないことが多くなり、せっかく先生に来てもらっても仕事がない。

今、中断という状況になっていますが、もう一度千葉大の教授と話をしてやり直したい、と思っています。若い先生は来て仕事がないと、拷問にあっているようで辛い。せっかく良いコンセプトなのに職員の意識が高まらないとそうなってしまいます。これをもう一回やらなくちゃいけない。

【症例8】
胃がんの方で、肝臓に転移がある。私たちは胃がんを診るとすぐにCTとかエコーを撮り、転移がないか調べます。転移があるかないかで運命が大きく違います。肝臓に転移がないとか、お腹に水がたまっていないとかがわかると、ホッとして患者さんへの話がしやすくなります。

この方は肝臓に多発性の転移があることがすぐにわかってしまいまして、胃がんで、しかも進行しているので「まず抗がん剤で治療しましょう」とだけ言って、肝臓に多発性の転移があるということは話しませんでした。入院後話しましたが、患者さんは手術できないことにたいへん動揺されました。それでも何回も話し合って化学療法をやることになりました。これがみごとになくなってしまいまして、退院されました。

一年くらいのちに再発され、結局お亡くなりになりましたが、その間田植えなどもし、元気に過ごされていました。自分のことをよくわかっていらっしゃり、最期はみごとに雄々しく亡くなりました。

【症例9】
この方も胃がんです。CT上転移は認められず、「胃の全摘とリンパ節隔清をしましょう。手術で腹膜転移があることがわかったらその時はまた治療法を考え、相談しましょう」と説明していたんです。手術をし、お腹を洗ってその細胞をみたらがん細胞があったんですね。結局手術が終わり、落ち着いてきてから「実は、転移があった」と患者さんにお話して、「私たちとしては抗がん剤を使った方がいいと思うがどうしますか?」と説明し、納得されて抗がん剤を使用してから退院。

その後元気に仕事をされていましたが、結局また腹膜再発され、もう抗がん剤をしてもしょうがないかなと思いましたが、患者さんの希望でやりました。だんだん具合が悪くなってきて、仕事を息子さんにすべて引き継ぎ、立派な最期でした。

【症例10】
今度は20歳の女の子です。国立がんセンターから私を追って佐原まで来てくれたんですが、来たときは腹水がたまり呼吸もろくにできない状況でした。「肝臓に悪いものがあって治療が困難だ」と説明しましたが、状況が悪いので本人には詳しい話はせず「がん」とは言いませんでした。

検査をしている間に肝臓が破裂してしまったので、緊急手術をして経過は良かったんですが、そのあと再発してしまいました。このとき初めて「がん」という言葉を使って「肝臓がんの再発で肺に転移している」ことを話し、本人の希望で抗がん剤治療をやりました。まあ効いたんですが、腸閉塞になってしまいました。

そのころから完全にあきらめてしまい、かわいそうでしたね。3日間で急に亡くなってしまいました。お父さんとお母さんは半狂乱でした。お子さんは難しいですね。「悪いもの=肝臓がん」なんですが本人にはきちっとした説明がなかなかできなかったですね。

【症例11】
この方は腸閉塞で入ってきて、その原因ががんだった。ご主人が非常に愛情の強い方で、告知に対して「絶対反対! 何が何でも言ってくれるな」。結局腸閉塞ということで手術を行いましたが、リンパ腺転移もあり、大腸がんは化学療法はあまり効きませんので再発するまでそのままでいい、と退院しました。ご主人は私が言ってしまうんじゃないかと心配で、一緒について来るんです。

結局、腹膜転移の症状が強くて再入院して対症療法をしましたが、そのときも言いませんでした。支えるご主人の愛情が強かったので、無理やり言うメリットがなかったですね。たぶん患者さんもわかっていてご主人の愛情にのってるんじゃないか、と思いましたね。いずれにせよ、この方には言っていません。

カルテ開示を決断させた事例

この方は1990年から、前立腺がんの多発性骨転移の経過を診ていました。奥さんと長男にがんの骨転移と話しましたが、本人には告知せず、両側除睾術をやって、その後ずっと診ていました。10年後腰痛になりMSコンチンという経口のモルヒネを投与したんです。ちょうど主治医である泌尿器科の先生が新婚旅行で不在だったため、ちょっと考えの古い内科の先生が引き継ぎ、MSコンチンを投与したんですが「これは麻薬のモルヒネですよ」という薬剤情報提供がなかった。なぜかというと患者さんに「がん」だと言ってなかったからです。

どんどん具合が悪くなってきて、がんの末期で転移であることを、家族は知っていても本人は知らなかった。CT検査をやろうとしたら患者が拒否し、また奥さんからは「モルヒネを投与したらおかしくなった。医療ミスだ」と言われまして、MSコンチンを中止しました。前の主治医は説明書きを手書きし二重写しで渡しているのに、内科の医者はワープロで書いてきてサインをさせる。書いてあることは丁寧なんですが、魂が入ってない。

私も頭にきました。結局、亡くなったあとからいろんなことがわかりました。奥さんから「モルヒネのために具合が悪くなったのではないか。モルヒネに副作用があるなら薬剤情報を提供してほしかった。CT検査を拒否したときに内科の主治医が『検査しないなら退院だ』といったのはどうしてか」と言われました。内科の医者に「そんなことを言うのは言語道断だ! 10年前からずっと診ていて最期は皆に感謝されてみごとに死を迎えられるべき人だったのに、どうして最後の最後にこじれなくちゃならないんだ。『検査しないなら退院だ』なんてふざけたことを言うんじゃない!」といってやめてもらいました。

ケアか治療かの方針がはっきりしていなかった。もう治療の段階ではなくケアである。もうひとつは、ご長男のみに病状説明がされ、介護している奥さんと本人には言ってない。

私がしょっちゅうにらんでいる外科病棟は意識改革がうまくいってるんですが、そうでないところはまだまだでしたし、スタッフがターミナルケアに慣れていませんでした。「患者中心の医療に発想が転換されていないことの典型だな」と思いまして、いっそのことカルテを見せちゃおうか、となったわけです。

私が行ってから病院は経営改善されてきて患者さんが戻ってきました。今はたくさんの患者さんに来ていただいています。私について千葉県ガンセンターから佐原に多くの患者さんが来てくれて、その患者さんが私の良いことだけを、ってくれて、(笑) だいぶ地元の人にも信頼されるようになりました。

患者サービスを徹底することが本年度の目標で、「隣近所のおばさんにしゃべるようにしゃべるな。近所のおばさんであっても病院のなかでは患者と医療従事者であり、けじめをもって対応すること。患者への十分な病状説明をすること。カルテを開示する」などを取り決めました。院長への手紙、投書がいっぱいありまして、今までは記名がある場合のみお返事を差し上げていたんですが、匿名の方には返事が渡せないので掲示板に貼ることにしました。

さらに、患者との対話の仕方というのも、「親切・丁寧に対応する」「見降ろしたようにしゃべらない」とか、「身体に触れて、話しやすい雰囲気にする」「質問には真剣に答え、茶化さない」「笑いでごまかさない。患者さんが本当に真剣に質問しているときはちゃんと答えなければならない」「上手な対話の第一歩は患者の話をよく聞くことである」と言っています。

また、患者さんは医者に遠慮して、思っていることを口に出して言えないものであるし、「質問したら申し訳ない」と思っている場合もある。ときには冗談を言って雰囲気を和めることも必要ですが、長年の付き合いだとついついナアナアになり、真剣な訴えを見逃してしまうこともあるんですね。そういう意味を含めての「患者サービスの向上」です。

カルテ開示の試み

カルテの記載は基本的には英語もしくはドイツ語で書く。患者さんが読めるようにすべて日本語で書くというのは不可能ですし、仕事になりません。先ほどの事件もあり準備段階でありましたので、2000年の4月より月1回、私の回診している病棟だけにカルテを配ってみました。12月から毎週火曜日2時間程度、患者さんの枕元に配っています。

開示の問題点としては、職員・患者の意識改革がまず必要です。場合によっては看護婦さんがカルテを見ているのさえ悪いことみたいな感じもないわけではない。ましてや、患者さんがカルテなんて見ちゃいけないんじゃないか、と思ってしまうようで、カルテを配っても私が病室に入るとバタバタバタと閉じる光景が見られました。悪いことをしているような気になってしまうようです。だから患者さんを含めた意識改革が必要です。

次に、プライバシーの保護ですね。配ったカルテを他の人が見るようだと困るので、他の人が見ないように職員が時々見回らなくちゃならない。「業務オーバーになる」という意見もありましたが、プライバシーの保護を最優先にしています。意識のない患者さんや理解できない患者さんにもカルテを配るのは意味があるのかどうか、というのも問題点です。

また、家族の反対でがん告知がされていない場合どうするか。「段階を踏んで」というときカルテには「がんが進行して…etc」と書いてある。この場合どうするか、大きな問題でした。

しかしながら、現在はほとんどの病棟では情報開示がかなり進んでいる、ということからカルテを配ることにしました。実際に日本語で書いてあるのは、二重写しの説明用紙くらいで、一枚は患者さんに渡すものですが、家族の反対により本人に言っていない場合には、日本語で書いてある説明用紙を抜くことにしています。英語やドイツ語で書いてあるものを、一生懸命辞書を引いて解読するのなら、患者さんが「知りたい」という意思表示なのでわかってしまってもいいんじゃないか、と思いまして、日本語で書いてあるものだけ段階を踏んでいる間ちょいと抜くことに決めました。

それで、「なにしろやる」ということにしました。診療録の記載は医師の義務であり、すべての診療行為は診療録に記載しなければならない。これも意識改革です。それから、診療録の患者情報は患者のものであり、診療録と医療記録は医師や病院の所有物であるが、患者はそのなかに含まれる情報を取得する権利がある。私はこれを院内で徹底して、「患者情報は患者のものだ」としています。診療録は患者も見る時代になる。今は当院だけですが、必ず日本全国そうなると思います。

この間、インドから患者さんがやってきて手術を受けて3週間で帰っていきました。退院時、「サマリー(診療結果の概略)をくれ」と言われました。アメリカなどではすべてのコピーをもっていきます。「あなたはがんで、こういう治療をして細胞診の結果はこうだった」という患者情報を書いて本人に渡すんです。アメリカでもインドでもそうです。日本では患者さんにサマリーを渡すという習慣がまだないんですね。そういう時代に必ずなっていきます。
 カルテ開示にあわせてカルテの書きかたも変えなければなりません。私たち自身の教育も変えなければと考えています。

昔、同僚が手が動かなくなった患者さんに対して「神経損傷か?」とカルテに書いたんです。書いたのはなりたての若い医者だったんですが、腫瘍もあったのに「神経損傷か?」と書いたものが裁判で証拠となり、負けてしまったことがありました。結局真面目な医者が大学をやめることになったんです。

道筋として書くと、それが証拠になってしまうこともあるので、「カルテを開示するからには自分たちのメモ代わりには使わない。患者さんが見るのだから確実なことだけを書きなさい」と言っています。

それから、安易に決めつけた患者の評価はしない。事実のみを書く。「このように話したが、患者は理解していないようだ」なら結構ですが、「患者は理解力が悪い」は違う。「患者は怒っている」はいいが、「怒りっぽい・ヒステリーだ」は間違い。そんなのはわからないわけですからね。記載の内容もおのずと変わってくる。より客観的に記載する。こういうことを徹底しながらカルテ開示をいたしました。


カルテ開示は患者参加型医療の第一歩

最初は遠慮して見る人が少なかったんですが、患者自身が病状について質問しやすい雰囲気になってきました。看護婦もカルテを自由に見る、というより見なければならなくなった。

患者さんがカルテを読んで理解しているのに、看護婦が理解できないということは許されない。看護婦も辞書を片手に調べるなどで、かなりレベルアップしたようです。これで患者参加型医療の第一歩となりつつあります。カルテ開示が患者さんのステップアップにも大きな役を果たしたと思います。

読売新聞が取材に来たときのことです。「患者さんに直接インタビューしたい」というので、了承してくれた人だけ選び、応じました。ひとりは22歳の女性で、膵臓がんです。本人が「私は何の病気か今までわからなくて、ここへ来て手術してもらったら膵臓の病気だとわっかた。悪性だということですが治りたいので抗がん剤を使うつもりです」と全部自分の言葉で語るんです。

その内容が実名でそのまま載ったんですが、本人は「それで結構です」とおっしゃっていました。あともう一人の患者さんは、僕は本当はこっちの患者さんを載せてほしかったんですが、インタビューで、
記者「どこが悪いんですか?」
患者「肺にがんができちゃって肝臓にも転移しているんです」
記者「不安じゃないですか?」
患者「いや、私は隠しごとをされるのが嫌いなので、ちゃんと教えてもらって、先生も 看護婦さんもしっかり診ててくれるので、とても安心です」

なんかこう言えって言ったような答えで。(笑) もう何回も入院されている方なんですが、そのとき私は本当にカルテ開示をして良かった、と思いました。たぶん、その部屋にいる人たちのすべてが自分の言葉で自分の病気を語れるんだなあ、とすごく感動しました。

もちろん患者さんの立場からすれば、自分の言葉で自分の病気を語れるに違いないんですが、寝たきりのおばあちゃんも新聞記者のインタビューに理路整然と答えていることにはビックリしました。

そういう時代になる。我々が患者さんに何かやってあげるのではなく、一緒にやっていく。患者さんと医療従事者がひとつのチームになって医療をやっていく。そうすると、壺を売りつけたりする人など入り込む余地もなくなって、患者さんにとっては非常にすっきりとした治療が受けられ、やがては安心して死を迎えられるような状況になっていくんじゃないかと思っています。

今後の課題として、今一番やりたいのは在宅ホスピスです。訪問看護・訪問診療を少しずつやってるわけですが、在宅薬・中心静脈栄養が家でできるように。これも看護婦さんにすごい抵抗がありまして、リザーバーに針を刺すんですが、「それは医者の仕事で、私たちは怖いからやりません」と言い、僕がいくら外来で「やれ!」と言ってもやらない。患者さんの家族に教えるとできるのになぜ看護婦にできないのか?

私たちの仕事は、患者参加型によってどんどんみんなやるようになってきました。そういうことができることによって家でも管理でき、針を抜いてしまえばお風呂にも入れます。在宅酸素なども結構サポートしてくれますので、酸素吸入をやりながら在宅に移行していくようになってきています。

病院とのネットワークをやりたいと思ってます。ということで在宅ホスピスを中心に患者参加型医療をつくっていきたい。 患者参加型になるには、医療従事者が相当ステップアップしていかなくてはならないと思います。しかし、それがあるべき姿で、やがては退院サマリーがすべての患者さんに配れるような時代になると思います。

患者さんもICカードに自分の受けた情報をもっていて、それを開けば全部見れる。できればあの地域でそこまでやりたいと思ってます。

以上、どうもありがとうございました。



CLOSE